角野栄子さんの『イコ トラベリング 1948-』が第33回紫式部文学賞を受賞!
本書の受賞を記念して、作品の一部を試し読み公開します!
1948年、終戦後の日本。中学2年になったイコの周囲には、やけどを負った同級生や傷痍軍人の物乞いなど、今だ戦争の傷跡が多く残されていた。母を早くに亡くしいつも心のどこかに不安を抱えるイコだったが、英語の「現在進行形」と出合い、強く心を揺さぶられる。「現在進行形、いまを生きるということ!」そして大学を卒業したイコに、大きなチャンスが巡ってくる……! 人生を前向きに生きたいあなたに読んでほしい!
『魔女の宅急便』の著者・世界的児童文学作家、角野栄子の『トンネルの森 1945』に続く自伝的物語。
角野栄子『イコ トラベリング 1948-』
試し読み#1 中学生のイコ
通学途中の電車の窓から見ると、空襲で焼き
戦争が終わったのに、今だに食べ物だって、まったく足りない。決まっている配給の量ではとても生きていけない。学校に持っていくお弁当だって、電車に
「食料は統制されてるんだから。自由に買ってはいけないんだよ。法律
大人たちはこう言う。
だけどって、イコは思う。
(なら、取り上げたお米やお豆はどこにいくの。そのぐらいは教えてよ。戦争に負けて、民主主義で自由主義ってものに変わったんでしょ。なら変わった
それなのに、大人たちはそれはそれ、これはこれって風だ。
まあ、いいじゃないの、空から
周りの風景は
アメリカ軍のラジオ「
こんな歌、すらすらと歌えたらいいな。イコは
もはやほいほいのアメリカびいき!
だって私、キャロルだもん! って、わざと口にしてみる。すると背中の方で、ざらっとした感じがする。浮かれ過ぎてる? そう思っても、だんだんとイコの中でキャロルの姿が形になってきた。
(何さ! アメリカかぶれのどこが悪いの! これ、おまじないの代わりよ)
そう
どこからかこんな言葉が聞こえてくるのだ。
だから、おまじないの助けを借りても、賑やかな世界に飛び込んでいきたくなる。
もうめんどくさいこと考えるのはやめたい。今のことより、これからだ……いつの間にかイコはそういう背伸びの女の子になっていた。
「いいかい。今日は、現在進行形のおさらいをしようか」
「六時五分前」は傾いた首はそのままに、黒板に手をあげ、書き始めた。
「be動詞+動詞+ing こう言葉を並べると、現在進行形になるね。
「今、進んでるってことよね」
高野さんが答える前に、二、三人の声が重なって聞こえてきた。
「そうだ。なになにをしつつある、そういう時使うんだったよね。じゃ、今、君たちは何をしつつあるんだ?」
「英語の勉強」
「そうだね。私たちは英語の勉強をしつつあります。じゃ、それをどういう?」
みんなボソボソと言い始めた。
「そう、そうだ。We are studying English. だね。今、現在進行中だからね」
「六時五分前」は、傾いた首で二回ほどうなずいた。
急にイコの足元から頭の
(今しつつある? しつつあるのだ!! この言葉って素敵じゃないの! こういう風に生きていけたら……現在進行形で生きていけたら! 心が強いふりができるかもしれない!)
イコの中で大きな声が
「キャロル イズ ゴーイング ツー どこか!」
イコはとっさに文章を作る。
(試し読み♯2へ)
作品紹介
イコ トラベリング 1948-
著者:角野 栄子 カバーイラスト制作:今日 マチ子
発売日:2022年09月28日
さっ、行こう、ひとりで。 そして、力いっぱい世界を抱きしめよう!
1948年、終戦後の日本。中学2年になったイコの周囲には、やけどを負った同級生や傷痍軍人の物乞いなど、今だ戦争の傷跡が多く残されていた。母を早くに亡くしいつも心のどこかに不安を抱えるイコだったが、英語の授業で習った【~ing=現在進行形】にがぜん夢中になる。「現在進行形、今を進むという事!」急展開で変わっていく価値観に戸惑いながら、イコは必死に時代をつかもうとする。そして「いつかどこかへ行きたい。私ひとりで」そう強く願うようになる。でもまだ、日本からの海外渡航が許されない時代。手段も理由も見つからないまま大学を卒業したイコに、ある日大きなチャンスが巡ってくる……。「魔女の宅急便」の著者・世界的児童文学作家、角野栄子の『トンネルの森 1945』に続く自伝的物語。戦後の日本を舞台に、懸命に自分の路を探す少女の成長をエスプリとユーモア溢れるタッチで描く著者の原点ともいうべき作品。87歳、角野栄子は今も現在進行形だ!
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