マジで怖い本とSNSで話題沸騰中! 角川ホラー文庫に“ホンモノ”の呪いの本現る!?
『お孵り』で第39回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉を受賞した滝川さりさんの『ゆうずどの結末』が今、ホラー界を賑わしています!
「読むと死ぬという噂のあるホラー文庫の物語」である本作は、発売前からゲラ読みをしてくださった書店員さんたちからも阿鼻叫喚の声がゾクゾク届き、体験型ホラー小説として話題を集めています。
今回は重版を記念して、カドブンにて全6章のうちの第1章部分を全文試し読みとしてお届けいたします。
紙の本で読むとより臨場感が味わえますので、気になった方は紙の本で読んでくださいね。
滝川さり『ゆうずどの結末』 第1章全部試し読み!
第一章 菊池斗真
「──ひかべぇ先輩、最初は軽くっすよ」
部室で見つけたヨレヨレのグローブを拳で叩きながら、
わかっとるって、と中庭の真ん中辺りに立つ
暑さ厳しい七月の中旬。大学の文芸サークル「黒猫の森」の部室に集まった二人は、本の山に埋もれた段ボール箱の中から野球グローブとボールを見つけた。となると、男二人が揃えばキャッチボールせずにはいられない。──たとえ真昼の炎天下でも。
テニスコート二面ほどの広さの中庭は「ロ」の字形の部室棟に囲まれていて風通しも悪く、「熱の底」という感じだった。当然、菊池たち以外には誰もいない。見上げると、四角く切り取られた空にギラギラの太陽が輝いている。蟬の声がやたらうるさい。軽音部の部室からはくぐもったアジカンの「リライト」が繰り返し流れている。文化祭のステージで披露するのだろう。どこかからカップ焼きそばの匂いが漂い、唇を舐めるとさっき飲んだアクエリアスの味がする。
大学一年生の、夏だった。
いくでぇ、と声がした。存分に距離を取った日下部が放ったボールは、見事にグローブに収まった。懐かしい感覚に頰が綻ぶ。投げ返して、またキャッチする。たったそれだけのことがすごく楽しい。
ふいに父のことを思い出した。こんな風にキャッチボールをした思い出。だが、楽しい時間は長続きしなかった。──やがて「疲れてんねん」と遊ばなくなった父。溜め息と夫婦喧嘩の家。仕方なく、公園で一人、ボールを真上に投げて遊んだ。
ある日、公園の茂みに父の背中を見つけた。途端に嬉しくなった。──仕事が早く終わったんだ。久しぶりに一緒に遊ぼうと来てくれたんだ!
「パパ!」
幼い声が弾む。グローブを握り締める。スーツ姿の背中に駆け寄る。
父は、公園で、一人で──
「菊池!」
日下部の声にハッと我に返る。顔を上げると、彼が斜め上を指さしていた。見ると、部室棟の外廊下に誰かが立っている。
長くて黒い髪。白い肌。あれは──宮原すみれだ。同じサークルのメンバー。
彼女はちょうど「黒猫の森」の部室の前で、中庭を見下ろしている。いや──その目はどこも見ていなかった。人形みたいな虚ろな表情。顔に開いた穴のような黒い目。
風が吹いたのか、黒い髪が横に靡いた。だが、彼女自身は微動だにしない。
何か変や。──そう思った瞬間、
「あ」
彼女の身体は、宙に投げ出されていた。
まるでマネキンのように落下する身体。風を切る音。乱れる髪。──そして、
鈍い音が、足許を揺らした。
菊池は固まった。呼吸すら忘れていた。
汗がこめかみから顎のラインに伝う。
一部始終を見ていたはずなのに、何が起きたかわからなかった。
「……宮原さん?」
発した声は、自分のものじゃないようだ。
引き寄せられるように、足が勝手に彼女へと近づき始める。鉄臭い匂いは、一歩踏み出すたびに濃くなるようだった。唾を吞む。蟬の声が遠のいていく。
その姿は、糸が切れたマリオネットを彷彿とさせた。──投げ出された白い手足。うつ伏せになった身体。なのに、乱れた髪の隙間から見える彼女の瞳と目が合っている。
その手首が、悪夢のように広がる血溜まりに沈んでいく。「熱の底」で冷たくなっていく彼女をじっと眺めている。
何も聞こえない。蟬の声も。軽音部の歌も。
真っ白になった音の世界に、ぱらぱらと紙がめくれる音だけが生まれた。見ると──一冊の本が、いつの間にか死体のそばに落ちている。その表紙に目を凝らす。
ゆうずど、と書かれているように見えた。