ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~
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高校生になった栞子の娘・扉子が登場! 最新作『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』を特別試し読み!#2
実在の本を手がかりに、古書と人との謎を紐解く“人が死なないミステリ”の決定版!
7月18日発売の最新作は、まるごと一冊横溝正史が題材!
日本を代表する推理作家にして、名探偵・金田一耕助の生みの親でもある横溝の“幻の一作”の謎に迫ります。
栞子と扉子が挑む、書籍としてこの世に存在していないはずの本にまつわる奇妙な謎。その冒頭部分をぜひご覧ください。
◆ ◆ ◆
>>前話を読む
扉子は二冊の『マイブック』を前に考えこんでいる。
祖母からスマホに突然電話がかかってきたのは、学校から帰ってすぐのことだった。両親は定休日を利用して箱根湯本の温泉へ一泊旅行に出かけている。
『久しぶりね、扉子』
今、日本に帰ってきているという。祖母と話すのは数年ぶりだった。母親の
『少し確認したいことがあるから、
唐突な頼みごとに戸惑いながら、同時に妙なことに気付いた。どうして自分の携帯の番号を知っているのだろう。ついこの前、高校の進学祝いに買ってもらったばかりなのに。
『今、用があって由比ガ浜に来ているけれど、北鎌倉に寄る時間の余裕がないのよ。あなたがよく行っている
電話を切ってから薄ら寒いものを感じた。
扉子がこの店によく来ていることを知っているのは限られた人たちだけだ。両親は娘のプライベートを話すような人たちではない。普段は海外にいる祖母が、どうして自分の行きつけの店まで知っているのか。
「お待たせ」
圭の声とともに、アイスティーフロートのグラスがテーブルに置かれた。
「ありがとう」
こんもりと盛られた蜂蜜入りのバニラアイスはここの名物だ。さらにガムシロップ代わりの蜂蜜をかけて、一口飲んで気を落ち着かせようとする。
圭はテーブルのそばに立ったまま、扉子の姿を見守っている。黒髪のベリーショートにきりっとした切れ長の目と太い眉。背の高さも手伝ってとても頼もしく見える。祖母と会うのが友達のいるこの店でよかったと心から思う。
「『エンダーズ・シャドウ』、面白い?」
「さっき読み終わった。傑作だったよ」
圭はうなずいた。普段なら感動したポイントをいくらでも語るところだが、今はそんな気分になれない。圭は『マイブック』の方をちらちら見ている。しばらくして決心がついたように、重い口を開いた。
「そっちの二冊は?」
扉子は音を立てないようにグラスを置いた。
「これはね……ビブリア古書堂の事件手帖」
ずっと昔からビブリア古書堂は、古い本に関するトラブルの相談に乗っているという。父はそうした事件の
「……どういうこと?」
「ごめん。いつか詳しく話す」
「分かった」
圭はあっさりうなずくと「また後で」と言って離れていった。事情を察してくれたようだ。そういう大人びた分別は本当に
知りたがりの自分には、とても
篠川智恵子の電話を受けてから、この二冊を読みたくてうずうずしている。
(確認したいことというのはね、二〇一二年と二〇二一年に起こった
祖母の声が頭の中にこだまする。湧き上がる疑問を抑えきれなかった。
なぜ一冊の本で二回も事件が起こったんだろう。しかも九年の歳月を隔てて。いや、一冊の本とは限らない。二冊の『雪割草』に関する別々の事件なのかも──それもおかしい。まったく無関係なら二つの事件を同時に確認する意味がない。
一体、祖母はなにを知りたがっているんだろう?
二冊の事件手帖を借りる時、もちろん父には電話して許可を取った。そばにいる母とずいぶん長い間相談している様子だったけれど、おばあちゃんの頼みを断りなさいとは言わなかった。
そして、事件手帖を読んではいけないとも言わなかった。
扉子の右手が泳ぐように二冊のマイブックへと伸びていく。
(どうせすぐに、おばあちゃんは来るだろうし)
そうしたら読むのをやめればいい。自分に言い訳をして、扉子は二〇一二年の事件手帖を手に取った。彼女の生まれた年の記録だ。
ぱらぱらめくっていくと、不意に「雪割草」という章題のようなものが目に入った。癖はあるけれど読みやすい、見慣れた父の字だった。
その一文を目にした途端、扉子は昔の事件に引きこまれていった。目の前の本を読まないという選択肢が、篠川家の人間にあるわけもなかった。
(つづく)
▼三上延『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
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