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試し読み

シリーズ累計700万部を突破した人気古書ミステリが再始動! 最新作『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』を特別試し読み!#1

実在の本を手がかりに、古書と人との謎を紐解く“人が死なないミステリ”の決定版!

7月18日発売の最新作は、まるごと一冊横溝正史が題材!
日本を代表する推理作家にして、名探偵・金田一耕助の生みの親でもある横溝の“幻の一作”の謎に迫ります。
栞子と扉子が挑む、書籍としてこの世に存在していないはずの本にまつわる奇妙な謎。その冒頭部分をぜひご覧ください。

 ◆ ◆ ◆

   プロローグ

 朝から降り注いでいた雨がんで、大きな窓から午後の淡い日ざしが店の奥までしてきた。距離を取って並べられたアンティークのテーブルと椅子は、壁際一面の書架に収まった古い本に囲まれている。
 ここは鎌倉のはま通り沿いにあるブックカフェだ。古民家の二階をリフォームした人気店だが、梅雨どきの平日はさすがに客も少ない。近所に住む年配の常連や物好きの観光客がまばらに座っているだけで、スタッフも手持ちぶさただった。
 接客を担当しているやまけいは、書架に飾られている写真集を整える素振りで、中身を熱心にめくっている。見入っているのはちくしよぼうの『ダイアン・アーバス作品集』。彼女はブックカフェのオーナーの娘だ。フロアのスタッフが急に足りなくなったと親に泣きつかれて、高校から帰宅してすぐに店へ入った。
 幸運にも仕事はほとんどなく、面白そうな古書をこっそり立ち読みして時間を潰している。
 圭は本が好きだ。両親も古い本を扱う仕事をしている。幼い頃から本に囲まれて育ってきた。けれども自分が本に詳しいとか、人より知識があるなどと思ったことはない。世の中には何事も上には上がいるものだからだ。
 軽やかに階段を上がる足音が響いてきた。
 圭が振り向くと、同じ高校の制服を着た女子生徒が現れたところだった。背中まで伸びた長い黒髪。色素の薄い透き通るような肌。太いフレームの眼鏡の奥から、黒目がちの瞳が店内を素早く見回していた。
 先に来ているはずの誰かを捜している、そんな態度だった。
「……扉子?」
 写真集を閉じた圭はその生徒──しのかわとびらに近づいていった。
「今日、来るって言ってた?」
 二人は同じ高校に通う友達同士だ。扉子はよくこの店に来るし、圭の方も扉子の家へ遊びに行く。彼女はきたかまくらにあるビブリア古書堂という古書店の娘だった。
「言ってないけど、急にここで待ち合わせすることになって……圭ちゃんこそ、今日はお店に入る日だっけ」
「わたしも急に入ることになった。パートのそうさんが急病で」
 そう言いながら奥のテーブル席に扉子を案内する。空いていれば彼女が必ず座る、お気に入りの定位置だった。
「待ってて。水持ってくる」
 配膳カウンターに戻りながら、スクールバッグと一緒に文庫本を下ろしている友達の背中を振り返った。ハヤカワ文庫SFのオースン・スコット・カード『エンダーズ・シャドウ』の下巻。ここに来るまでに歩きながら読んでいたのだろう。歩き読みはやめるよう注意しているけれど、一向に聞き入れてくれない。
 扉子は本が好き──いや、好きというレベルではない。息をするように読んでいる。そして一度読んだ本の内容を決して忘れない。普通じゃないと話していてしょっちゅう思うけれど、篠川家では普通のことらしい。扉子の母親、ビブリア古書堂の店主もそういう人だ。
 圭は扉子のいるテーブルに水を運んでいった。珍しいことに本を開いていない。椅子に深く腰かけて、膝の上で両手を組んでいる。
『エンダーズ・シャドウ』はテーブルに置かれたままだ。
「注文、いつものでいい? アイスティーフロート」
「……うん」
 扉子は体を硬くして一点を凝視している。目鼻立ちの整った顔には、張りつめたような緊張が漂っていた。
「誰と待ち合わせ?」
 そう尋ねながら、恋愛絡みの可能性を真っ先に除外した。圭の知る限り、扉子が本の外で異性にも同性にもそういう関心を示したことはない。第一、好きな人に会うだけにしては緊張しすぎている。これから大事な面接試験でも始まるみたいだった。
「……おばあちゃんと」
 意外な答えだった。まさか身内だったとは。
「確か、おおふなに住んでるんだっけ」
「そっちは父方のおばあちゃん。これから会うのは、母方のおばあちゃん……篠川っていう人」
 っていう人、と圭は声に出さずにつぶやいた。そういえば扉子から母方の祖母について詳しく聞いたことがない。海外で古書店を経営していて、扉子の両親がたまに手伝いに行っている、それぐらいだ。
 ひょっとすると、話を避けていたのかもしれない。あまり首を突っこまない方が良さそうだ。どんな人なのか気にはなるが、後で顔ぐらい見られるだろう。どうせここへ来るのだから。
「今、ドリンク持ってくる」
 圭はテーブルを離れる。もう一つ、気になることがあった。テーブルには『エンダーズ・シャドウ』の他に、もう二冊文庫本が置かれていた。もちろん扉子が持ってきたものだ。
 しんちよう文庫の『マイブック─2012年の記録─』と『マイブック─2021年の記録─』。文庫本として毎年出版されているけれど、中のページには日付と曜日以外なにも印刷されていない。買った人が自分で日々の出来事を書き込んでいく、日記帳のようなものだ。
 扉子がじっと見つめているのはその二冊だった。どちらも古いものだから、彼女の日記ではないはずだ。そもそも日記を付けているなんて聞いたことがない。
 あれは一体なんだろう?

(つづく)



三上延『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000211/


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