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試し読み

「買い取りではなく、トラブルのご相談で……」 最新作『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』を特別試し読み!#4

実在の本を手がかりに、古書と人との謎を紐解く“人が死なないミステリ”の決定版!

7月18日発売の最新作は、まるごと一冊横溝正史が題材!
日本を代表する推理作家にして、名探偵・金田一耕助の生みの親でもある横溝の“幻の一作”の謎に迫ります。
栞子と扉子が挑む、書籍としてこの世に存在していないはずの本にまつわる奇妙な謎。その冒頭部分をぜひご覧ください。

 ◆ ◆ ◆

>>前話を読む

 俺は篠川家の母屋からビブリア古書堂へ戻った。みのある古い紙の匂い。店内に並ぶ書架から本があふれ、通路にまで積まれている。入り口のガラス戸越しに狭い道路と北鎌倉駅のホームが見える。
 リュックを背負った年配のグループが目立つ。東日本大震災のあった去年と比べて、今年は観光客も多いようだ。この先のえんがくで散り際の桜を見て、鎌倉のハイキングコースを辿たどるのかもしれない。
「休憩終わりました」
 栞子さんの背中に声をかける。彼女はカウンターの奥、積み上がった本の壁に隠れてパソコンに向かっていた。常連客の家から宅買いしてきた古書を値付けして、古書の通販サイトにアップしている。
 今日は青いニットとチェックのプリーツスカートを身に着けて、長い髪をゴムで軽く縛っている。後れ毛の目立つうなじから思わず目をらした。これから仕事だ。
「市場に出す荷物、分けておきました」
 栞子さんが言った。
「了解です」
 結婚したのに敬語で会話しているとたまに笑われるが、この方がしっくり来るのだから仕方がない。
 俺はレジ前の台車に積まれた本の山に目を近づける。SFやファンタジーの文庫本が中心だが、カバーのすり切れているものが多い。黒い背表紙のスティーヴン・キング『ダーク・タワー』シリーズと『コロラド・キッド』が目をいた。『コロラド・キッド』は珍しい非売品のはずだ。ただ、うちには在庫があるし、表紙には指の形をした油染みがくっきりついている。持ち主がジャンクフードでも食べながら読んでしまったのだろう。
 古書店は買い取った本をすべて自分の店で売るとは限らない。状態が悪かったり、不得手なジャンルだったりして、売りさばくのが難しい在庫は「市場」と呼ばれる業者同士の交換会に出品して換金する。要は他の古書店に買ってもらうわけだ。
 とはいえ、ただ状態の悪い雑本だけを出品しても他の業者は手を出してくれない。栞子さんは膨大な知識に裏付けられたせんたくがんで、高値の付く本を交ぜ込んで買い手がつく荷物を作っている。それが最近やっと俺にも分かってきた。仕事中に本を読み耽ったりすることもあるが、なんだかんだでプロの古書店主なのだ。
「大輔くん」
 喉に絡んだような低い声に、背筋がぴんと伸びた。台車の前にしゃがんだまま手を止めてしまっていた。
「すぐ縛って車に積んどきます。もし、追加があったら……」
 振り返った俺は口をつぐんだ。キャスター付きの椅子に座った栞子さんが、硬い表情で眼鏡越しに俺を見下ろしている。黒目の目立つ瞳に長い鼻筋。色素の薄い肌はいつもより白く見えた。
「どうかしました?」
 具合でも悪いのだろうか。さっきまでそんな素振りはなかったが、そういえば少し引っかかっていることはあった。ここ二、三日、母屋で持ち歩いている本の書名が同じなのだ。読書のスピードが普段より落ちている。本以外に気掛かりなことがある時のしるしだった。
「どうというか、そうですね……なんというか……」
 口の中でぼそぼそしやべっていたかと思うと、突然椅子から降りて床に膝をついた。
「えっ」
 何事かと思う間もなく、彼女は俺の背中に抱きついてきた。後ろから両手を首に絡めて、耳元にささやいてくる。
「……ぎゅっとしたい気分、で」
 ぞくぞくと震えが走った。彼女の息遣いやぬくもりやその他もろもろを感じる。俺は大きく深呼吸をして、彼女の小さな手に自分の手を重ねた。
「なにがあったんですか?」
 普段、店でこんなことをする人ではない。母屋の中でも義理の妹がいるからと、夫婦の部屋以外でスキンシップを控えてきた。動揺するようなことが起こって、気持ちを落ち着けようとしている──それは分かっているが、急に抱きつかれたりするととても困る。俺も一応は健康な成人男子なのだ。
 返事を待っていると、小さな白い紙がはらりと台車に落ちた。栞子さんの指に挟まっていたものらしい。『コロラド・キッド』の表紙の上で二つ折りのメモは半ば開いていた。栞子さんの走り書きが目に入る──「うらきよ」「4/12」「13:30」。
 俺はメモを拾いながら、壁の時計を振り返る。午後一時二十分。そして今日は四月十二日。
「……これから、井浦さんって人と会うんですか?」
 栞子さんが驚いたように体を離した。俺の手にしているメモを見て、事情を察したようだった。ばつが悪そうに目を伏せた。
「はい……もうすぐ、いらっしゃいます」
 いかにも答えにくそうだ。今日、来客があるという話は聞いていなかった。俺の知る限り、井浦清美という親戚や知人は彼女にいない。顧客リストでも見た記憶のない名前だ。
「お客さんですか? 買い取りの依頼、とか?」
 彼女は首を横に振った。だろうな、と思った。蔵書の買い取りを頼む新規の客は珍しくない。でも、それなら俺に黙っているのは妙だ。
「お客様ではあります。ただ、買い取りではなく……トラブルのご相談で……」
 栞子さんは自分の椅子に戻る。俺も近くの丸椅子を引き寄せて、彼女と向かい合った。ビブリア古書堂では古い本にまつわる相談事を創業当時から受けている。ビブリア古書堂の裏の顔みたいなものだ。もちろん、そのことを知っている人は少ない。

(つづく)



三上延『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000211/


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