ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~
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横溝正史、幻の一作『雪割草』が盗まれた!? 最新作『ビブリア古書堂の事件手帖II ~扉子と空白の時~』を特別試し読み!#5
実在の本を手がかりに、古書と人との謎を紐解く“人が死なないミステリ”の決定版!
7月18日発売の最新作は、まるごと一冊横溝正史が題材!
日本を代表する推理作家にして、名探偵・金田一耕助の生みの親でもある横溝の“幻の一作”の謎に迫ります。
栞子と扉子が挑む、書籍としてこの世に存在していないはずの本にまつわる奇妙な謎。その冒頭部分をぜひご覧ください。
◆ ◆ ◆
>>前話を読む
「その人は、どうしてうちの店に……?」
自然と俺の声も低くなる。
「最初はヒトリ書房の
そういうことか。鹿山直美ならうちを勧めるだろう。ちょうど一年前、ビブリア古書堂が
「ごめんなさい。大輔くんにも話したかったんですけれど……身内の恥になることだから、絶対誰にも口外しないで欲しい、と念を押されてしまって。まずはお目にかかって、その時に許可をいただこうと思ったんですが」
栞子さんは言葉を切り、ため
「無駄に終わりました……」
様子がおかしかった理由はこれだろう。この依頼を伏せているのが心苦しかったのだ。俺に知られた以上、もうその必要もない。
「で、どういう依頼なんです?」
遠慮なく尋ねる。彼女は軽く首をかしげた。
「本捜し、でしょうか。盗まれた本を取り返して欲しい、と……」
沈黙が流れる。本の話になると止まらないこの人にしては珍しい。俺は手元の折られたメモを見下ろした。名前や日時以外にも何か書かれているようだ。開いてみると、筆圧の強い大きな文字が目に飛びこんできた。
横溝正史『雪割草』
大事な情報だと示すように『雪割草』は何重もの丸で囲われている。どうやら横溝正史の『雪割草』という本についての依頼らしい。
「横溝正史……」
俺はつぶやいた。もちろん有名な作家だ。うちの店にも全集や文庫の在庫がある。栞子さんの書庫にも何十冊と並んでいる。俺は読んでいないが、好きでそうしているわけではない。俺には妙な「体質」があって、長時間活字が読めない。本の内容はほとんどこの人から教えてもらっている。
「まだ大輔くんとは、横溝の詳しい話をしたことがなかったですね」
俺からメモを受け取りながら、栞子さんが言った。
「どういうことを知っていますか? 横溝正史という作家について」
「
と、俺は答える。真っ先に思い出すのは名探偵の名前だ。
「古い映画とかドラマはわりと見てます。『
どれもストーリーは漠然としか
「お
「あっ、そうです。あと何年か前に
何年かに一度は金田一もののドラマや映画が作られていて、多くの俳優が金田一探偵を演じている。日本では最も知名度の高い探偵だろう。よれよれの和服と帽子というトレードマークを俺でもぱっと思い描ける。
「……金田一の孫が主人公っていうマンガもありましたよね」
きちんと読んだことはないが、トリッキーな殺人事件が起こる推理ものだったはずだ。栞子さんが苦笑する。
「あの作品は横溝正史の作品と無関係なものと考えていいかと……そもそも金田一
「え、そうなんですか」
俺でも有名な決めゼリフを知っている。言われてみると金田一探偵に妻子がいる感じはしない。地方の村にふらりと現れて事件の謎を解き、一人でまたどこかへふらりと去っていくような──。
「そういえば、金田一ものってホラーっぽい雰囲気ですけど、起こるのは人間の犯人がいる殺人事件ですよね。幽霊に呪い殺される、とかじゃなくて」
「そう! そこがとても重要なんです。大輔くんはやっぱりすごいです」
突然、栞子さんが興奮したように人差し指を振った。自分が重要な指摘をした気はまったくしないが、手放しで
「横溝の金田一ものにはおどろおどろしい……怪奇的な要素はありますけれど、超常現象が起こるようなオカルト的な要素はほとんどありません。あくまで論理によって謎を解く本格推理なんです。これは初期の探偵小説……例えば、江戸川乱歩の
俺は目を上げて記憶を辿った。去年、乱歩コレクションについての依頼があった時、栞子さんから色々話を聞いた。名探偵・明智
「あれ、横溝正史は江戸川乱歩と親しくしてたんですよね? 雑誌の編集者をやっていた頃、原稿を依頼することもあったって……」
「あっ、憶えててくれたんですね!」
栞子さんがにこにこ顔になった。この人に教えてもらったことをそうそう忘れたりはしない。話に熱が入ってきて、俺たちは互いに身を乗り出していた。
(つづく)
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