2/21(金)発売、伊坂幸太郎さんの文庫最新刊『AX アックス』より、冒頭試し読みを特別公開。『グラスホッパー』『マリアビートル』に連なる<殺し屋シリーズ>の最新作をお楽しみください。
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「そりゃそうだ。仕事は緊張しない。やるべきことをやるだけだ」
「かみさんに対してはそうじゃないのか」
当たり前だ、と兜はうなずく。
「でも、じゃあ、どうするんだ。カップラーメンが無理なら。スナック菓子にしても音はするぞ」蜜柑がその、
「バナナか、おにぎり」兜は真剣な面持ちで、言う。
なるほど、と同業者の二人が感心しかけた。「鋭いな」と。が、兜はすぐに、「と考える奴はまだ、甘い」とぴしゃりと言い切る。
「甘いのか」「バナナもおにぎりも音がしないけどな」
「いいか、深夜とはいえ、時には、妻が起きて、待ってくれていることもあるんだ。夕食、もしくは夜食を作ってくれていることもある」
「あるのか」
「平均すれば、年に三回くらいはあるだろう」
「ずいぶん多いな」蜜柑はこれは明らかに、皮肉で口にした。
「そうなった場合、彼女の手料理を食べることになる。意外に量が多かったりする。もちろん、おにぎりもバナナも食べようとは思えない」
「そういうこともあるだろうな」
「いいか、コンビニエンスストアのおにぎりは消費期限が短い。翌朝にはもう駄目だ。バナナも意外に日持ちしない」
「つまり?」
「最終的に行き着くのは」
「行き着くのは?」蜜柑が聞き返した。
「ソーセージなんだ。魚肉ソーセージ。あれは、音も鳴らなければ、日持ちもする。腹にもたまる。ベストな選択だ」
檸檬と蜜柑が一瞬黙る。
「時々、深夜のコンビニで、いかにも俺と同じような、仕事帰りの父親が、おにぎりやらバナナを買っていこうとするけれどな、それを見るといつも、まだまだだな、と感じずにはいられないんだ」兜は続ける。「最後に行き着くのは、魚肉ソーセージだ」
言い切る兜を、ぽかんと眺めていた檸檬はやがて、ゆっくりと手を
あの二人には最近、あまり会わないな、と兜は思う。「ソドー島建設の責任者は、ジェニー・パッカードさんでした!」と誇らしげに言う檸檬の顔が思い出された。
背広のポケットに突っこんでいた魚肉ソーセージを取り出す。静かにビニールを
〈第3回へつづく〉
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