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試し読み

この冬一番の「おじキュン」ドラマ『メゾン・ド・ポリス』原作特別試し読み!④

高畑充希が演じる新人刑事の牧野ひよりが、西島秀俊、小日向文世、野口五郎、角野卓造、近藤正臣が演じる「イケおじ」退職警官たちと難事件に挑む話題沸騰のドラマ『 メゾン・ド・ポリス 』(TBS系毎週金曜よる10時~)。その原作小説の試し読みを公開!第1回から読む
 ・第3回はこちらから


「あ~あ……何がどうなってるんだろう。この展開」
 呟いて、ひよりはカウンターに突っ伏した。かたり、と音がして耳の脇になにか置かれる気配があった。振り向くと、雪の結晶を印刷した六角形のコースターの上に、ロンググラスが置かれていた。中を満たすのはウイスキーを炭酸水で割ったと思しき薄茶色の液体と、たっぷりの氷。上にはミントの葉が添えられている。
「ミント・ジュレップ。おごりです。飲めば少しはすっきりしますよ」
 カウンターの向こうから、店主の瀬川せがわ草介そうすけが微笑みかけてきた。会釈して、ひよりはグラスに手を伸ばした。
「ありがとう。本当に訳のわかんない人と組まされちゃって、苦労してるの。周りも面倒臭そうなおじさんばっかりだし」
「とはいえ、記念すべき初捜査でしょう。しかも、世間を騒がす大事件だ。テレビのニュースで見ましたよ。すごいじゃないですか、って言うのは不謹慎かな」
「ううん。確かに大きな事件に関われて、勉強になるとは思うんだけど」
 ため息をつき、ひよりはミント・ジュレップを一口飲んだ。カウンターと、奥にテーブル席が一つの狭い店で、他に客はいない。時刻は午後十一時前。今日は夕方まで惣一郎と聞き込みをして署に戻り、課長の新木に報告をした。そのあと捜査会議に出て三十分ほど前に署を出たのだが、どうにも気持ちが治まらず、つい自宅の近くにあるこのバーに寄ってしまった。
 絵や写真など、装飾品のたぐいが一切ない白い壁に、いつ来ても鏡代わりに使えそうなほど磨きあげられている黒い木製のカウンター、座面が黒革のスツール。看板はドアの外の壁に水色の地に白い文字で、「ICE MOON」と描かれた小さなライトパネルが取りつけられているだけ。流れるBGMも、抑えめのボリュームのジャズかオペラだ。
「ひよりさんは、本当に刑事の仕事が好きなんですね。グチったり泣きごとを言ったりしても、目がきらきらしてる。そういうところ、すごくカッコいいと思う」
「そうかな。だったら嬉しいけど」
 優しい言葉と眼差しに、たちまちひよりの胸はときめきだす。
 なんだかんだで十日に一度ぐらいの割合で、ひよりはここに顔を出している。おいしいカクテルが飲みたいというのもあるが、一番の目的は草介だ。面長の白く小さな顔に、凹凸は乏しいが整ったつくりの目鼻が並び、黒いプラスチックフレームのメガネをかけ、細身の体には常に白いワイシャツと黒いスラックスをまとい、腰に黒のギャルソンエプロンを締める、という容貌に、おっとりとして穏やかな物腰。「草介」という名前の通りの「草食系男子」だ。本人曰く「『男子』なんて歳じゃない」そうだが、詳しいプロフィールは一切不明。こちらの話はなんでも真摯に聞いてくれるのに自分の話はほとんどせず、聞きだそうとするとはぐらかされてしまう。
「でもね、いずれはちゃんと結婚して家庭を持つつもりなの。もちろん、刑事は天職だと思ってるから続ける。両立は難しいって思うでしょ? 職種が職種だし、それは確かにある。でも私、絶対両立してみせる」
 これまでにも似たような話を何度もしたが、いつも草介は微笑み、こくこくと頷いてくれる。気持ちが大きくなり、ひよりはグラスを置いて少し前のめりになった。
「まあ、三十までには結婚したいかな、って。子どもは二人──ううん、三人でもいいかも。上から男の子、女の子、男の子とか? あとは、旦那さんともいい関係でいたいな。恋人気分が続かないっていうのはわかってるけど、それを超えた尊敬し合える仲、『人として一番好き』みたいな間柄が理想。あ、もちろん仕事もキャリアアップを目指すわよ。って言っても昇進的な意味じゃなく、世間を揺るがすような大事件から迷子まで、『人の役に立つ』ってことが最優先。それこそが警察官って仕事の本分だと思うから」
 酔いも廻ってきたのか、知らず早口になり言葉に熱がこもった。そんなひよりを、草介は微笑みを崩さずに見てくれている。それが嬉しく、またじれったいような気持ちにもなり、ひよりは切り出した。
「あの、草介さんはそんな私をどうおも──うぐっ!」
 唐突に、固く大きな物で脇腹を小突かれ、ひよりはうめき声を上げて背中を丸めた。と、甘い香水のかおりがして誰かが隣のスツールに腰かけた。
「ごめ~ん。バッグがぶつかっちゃった……草介さん、私にも同じカクテル作って」
 顔を見ずともわかる。ナナだ。ひより同様、草介目当てでこの店に通っている丸の内のOLだ。
「わかりました。少々お待ち下さい」
 穏やかな声で告げ、草介がカクテルを作りだした。
「痛いじゃない。なにするのよ」
 脇腹をさすりながら体を起こし、ひよりは控えめのトーンで言って隣を睨んだ。
「それはこっちの台詞よ。ちょっと目を離した隙に草介さんを口説こうったって、そうはいかないからね」
 こちらも控えめのトーンで、ナナが返してきた。軽くカラーリングしたセミロングの髪は二人とも同じだが、ひよりが後ろで無造作に束ねているのに対し、ナナは毛先をくるくると巻いた上、サイドにリボンをかたどったラブリーな髪飾りをつけている。ファッションも、大きな胸とラインがきれいな鎖骨を強調したVネックのカットソーで、膝上のシフォンスカート、ピンヒールのパンプス、とひよりとは正反対だ。
「口説くなんてそんな。私はただ、仕事の話をしてただけで」
「よく言うわよ。面倒なおじさんと組まされてるんでしょ。私なんかそんなの毎日よ。なにを言われようが、笑って『はい』『そうですね』って流しときゃいいの。どうせ向こうが先に死ぬんだから」
「ナナちゃん、いつからお店にいたの? ……言いたいことはわかるけど、『死ぬ』とかそんな極端な」
「極端ちゃう。『真理』や。そこんとこ、はき違えせんとき」
 啖呵を切るのと同時に口調ががらりと変わった。しかしひよりは驚かず、草介も黙々とカクテルを作り続けている。
 いわゆる「女子力」が高く、美人でスタイルもいいナナだが、「酔っ払うと方言になる」という癖がある。今日はここに来る前に、どこかで飲んで来たのだろう。どこの方言になるかはその時々で異なり、本人曰く「転勤族家庭出身だから」だそうだが、真偽のほどは定かではない。
「はいはい、わかりました。今日は関西弁なのね」
 うんざりしながらひよりが返した時、ジャケットのポケットの中でスマホが振動した。
「もしもし?」
「俺だ」
 野太い声が言う。聞き覚えはあるが、誰だかわからない。
「どちら様ですか? こちらは牧野ですけど」
「そんなことはわかってる。迫田だ」
「どうしたんですか? てか、誰にこの番号を聞いたんですか? 夏目さん? だとしたら個人情報の漏洩──」
「明日の朝一でこっちに来い。いいか? 朝一だぞ」
「なんで? それに朝一って言われても、具体的に何時か──」
 問いかけるひよりを無視して、迫田はぶつりと電話を切った。

 翌朝九時、ひよりはメゾン・ド・ポリスにいた。広々とした居間に、ちろちろと燃える暖炉。迫田はジャージ姿で暖炉前に胡座をかき、ベストとスラックスと白衣をまとった藤堂はソファに悠然と腰かけ、窓際の安楽椅子にはバロンを従えニットを着た伊達が座っている。そこまでは一昨日に来た時と同じだ。しかし暖炉の脇には誰がいつ用意したのか、捜査本部で使っているのと同じホワイトボードが置かれ、たくさんの写真が碁石に似たマグネットで貼り付けられている。それぞれの下には黒いサインペンで「事件現場」「被害者・薗田政二さん」「妻・聖子さん」「長男・義政さん」「天ぷら店『そのだ』店内」等々のタイトルが書き込まれていた。全てひよりが惣一郎に渡した捜査資料に添付されていたものだ。他にも誰からどうやって入手したのか、四年前の『デスダンス事件』の現場や犯人・被害者の顔写真等も貼られていた。
「なにを始めるつもりですか」
 呆然とホワイトボードを眺めながら言うと、斜め後ろで高平が応えた。
「あいすみません。みなさん、お暇なもので」
 彼も一昨日と同じワイシャツにネクタイ姿だが、アームカバーはピーポくんではなく、魚偏の漢字が並んだものに変わっている。寿司店の湯飲み茶碗のようだ。
 胡座をかき直し、迫田がひよりを見た。
「捜査会議を始めるぞ。進捗状況を報告しろ」
「いやでも」
「大丈夫。間宮くんや新木くんには、話を通してありますから」
 のんびりと、ぎょっとするような発言をしたのは伊達だ。
「えっ、なんでその二人を。いくら元本庁のお偉いさんだからって」
「うるせえな。話は通ってるって言ったら通ってるんだよ。こうしてる間にも、ホシが第二の被害者を狙ってたらどうする。さっさと話せ」
 威圧感たっぷりに迫田に迫られ、ひよりは言葉に詰まった。惣一郎は、と見るとクリーナーのボトルと雑巾を手に、壁に飾られた油絵の額縁を拭いている。他にも壁際のアンティークと思しき棚とテーブルには、高そうな花瓶や時計、彫像などが並んでいる。
 仕方なく、ひよりは話しだした。


(このつづきは本編でお楽しみください)
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■加藤 実秋『メゾン・ド・ポリス 退職刑事のシェアハウス』

その事件、俺たちに解決させろ! 連作ミステリ!
柳町北署の新人刑事・牧野ひよりは、念願かなって刑事になったものの、仕事はお茶汲みやコピー取りばかり。

そんなある日、所轄内で殺人がネットで生中継されるという事件が発生。
どうやら四年前に起きた事件の模倣犯らしい。
ひよりは上司の刑事から、四年前の事件を担当していた元刑事・夏目惣一郎の話を聞いてこいと命じられる。

メモの住所を頼りに辿り着いたのは、蔦で覆われた大きな三角屋根の古びた洋館だった。
その門前で掃き掃除をする惣一郎に声をかけるが、惣一郎は「断る」の一点張り。
すると謎の老人が現れ、「まあお入り。ちょうどお茶の時間だ」と告げて洋館にひよりを招き入れた。
そこはなんと、退職刑事専用のシェアハウス<メゾン・ド・ポリス>だった!

元熱血刑事、元科学捜査のプロ、元警視庁幹部、元事務員。

老眼、腰痛、高血圧だが、腕は一流のくせ者おじさんたちと事件を追うと、思いもよらぬ真相に辿り着き――。
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▼続編の情報はコチラ
・『メゾン・ド・ポリス2 退職刑事とエリート警視』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321802000422/
・『メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト』(2019年2月23日発売
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