メゾン・ド・ポリス
この冬一番の「おじキュン」ドラマ『メゾン・ド・ポリス』原作特別試し読み!
高畑充希が演じる新人刑事の牧野ひよりが、西島秀俊、小日向文世、野口五郎、角野卓造、近藤正臣が演じる「イケおじ」退職警官たちと難事件に挑む話題沸騰のドラマ『 メゾン・ド・ポリス 』(TBS系毎週金曜よる10時~)。その原作小説の試し読みを公開!
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第一話 新人女子刑事vs.くせ者おじさん軍団
「だから、今年の極楽文庫新人賞の受賞作は、アニメ『魔術学園の転校生』のパクリなんだよ。俺がテレビ局に知らせてやる」
鼻息も荒くパソコンのキーボードを叩いた後、沖田光は傍らの箱に手を伸ばし、冷めてチーズが固まった宅配のピザにかぶりついた。目の前の液晶ディスプレイに表示されているのは、アニメやマンガ、ライトノベル好きが集まる匿名掲示板だ。
「マジで?」
「神降臨だな。報告よろ」
すぐに掲示板に別の書き込みがされる。待ち構えていた光は、丸く太い指で油光りするキーボードを再び叩いた。
「任せろ。『スカルズパラダイス』のパクリ問題だって告発したのは俺なんだ。あと、声優の小暮モモのブログのコメント欄に殺人予告を書き込んだヤツを通報したのだって」
猛スピードで書き込むと、さらに賛辞の言葉が並んだ。満足し、光はピザを咀嚼しながら肉付きのいい頰を緩めた。
十九歳の光は都内の私立大学の一年生だが、もう三カ月以上通学しておらず、自宅からも出ていない。きっかけはよく思い出せない。入学早々、在籍する学科の中にできたグループのどこにも入れなかったこと、授業やサークル活動が面白くなかったこと。そんな感じだ。親は通学を促したが、一度「うるさい」と騒いで暴れたらなにも言わなくなった。以後、トイレと風呂は共働きの両親が留守の間に済ませ、ゲームソフトやフィギュアなどはネット通販で購入している。
その後もしばらく書き込みをしていたが飽きたので、光はマウスを握って画面を切り替えた。パソコンの「お気に入り」フォルダに登録しているサイトを一通りチェックし、最後に「TOKYO ストリーム」を開いた。無料のライブストリーミング配信サイトで、スマホやパソコンを使い、誰でもテレビの生中継のようにリアルタイムで動画を配信することができる。
画面には文字やイラスト、写真で動画のタイトルが表示された四角い枠がずらりと並んでいる。それを目で追っていくうち、光は一つに目を留めた。タイトルは「デスダンス再臨!」。
「デスダンス……なんだっけ」
ピザをかじりながら、光は太い首を傾げた。マウスを動かし、「デスダンス再臨!」の枠をクリックした。
画面が切り替わり、映像の大きな枠が現れた。夜の深い闇を、懐中電灯らしき明かりが頼りなく照らしている。どこかの空き地のようだ。
画面の横から、ゆらりと火の玉が現れた。その下には人影らしきものがある。なにかわめいているが、くぐもっていて上手く聞き取れない。
肝試しか、いたずらをする様子を中継するのだろうか。だとしたら、面白がっているのは本人たちだけで、こちらはしらけるというパターンがほとんどだ。マウスを動かしてサイトを閉じようとした時、動画に異変があった。
「熱い! やめろ」
裏返り気味の男性の声がして、火と人影が左右に激しく揺れる。どうやら火は男性の頭から上がっているようだ。男性は両手を頭に当てて、火を消そうとしているような仕草も見られた。しかし火は男性の頭から胴体、脚へとみるみる燃え移っていく。マネキンではなく本物の人間、CG等の仕かけもなさそうだ。
「助けてくれ! 誰か」
男性が鬼気迫る声を上げ、カメラに近づいて来る。しかしカメラは微動だにしない。男性以外の声は聞こえず、姿も見えなかった。
苦痛と恐怖が入り交じった悲鳴を上げ、男性はカメラにぶつかって来た。火だるまになった男性の胸がアップになったのを最後に画面は激しくぶれ、配信は中断された。
「なんだよ今の。マジかよ」
画面に見入ったまま、光は呟いた。激しい焦りと恐怖を覚え、動悸もした。
ピザを放り出し、光はキーボードの脇に置いたスマホをつかみ上げた。
警視庁柳町北署は東京の南西部に位置する区にあった。管内の大半が住宅街で、他に複数の繁華街と大きな公園、河川があり、二つの国道と私鉄が走っている。
その日の昼過ぎ、鉄筋五階建ての署の二階で捜査会議が行われていた。ドアの傍らの壁に「ひな菊町男性焼死事件捜査本部」と墨で書かれた縦長の紙が貼られ、広い会議室には長机と椅子が等間隔でずらりと並んで三十人ほどの捜査員が座っていた。二十代前半から五十代半ばと年齢は様々だが、女性は牧野ひより巡査一人だけだ。
「という訳で、本日午前零時過ぎに板橋区在住の大学生・沖田光さんより通報を受けた。他にも何件か通報があったことから、かなりの数がネット生中継で事件の一部始終を見ていたと思われる」
捜査資料の書類を片手に話しているのは、警視庁捜査一課の刑事・間宮だ。歳は五十代前半。不自然なほど黒々とした髪を七三に分けて縁なしのメガネをかけ、仕立てのよさそうなダークスーツ姿で、壁際に他の捜査員たちと向き合う形で置かれた長机の横に立っている。隣には、柳町北署の署長と刑事課長も腰かけていた。
「動画のタイトルが示す通り、四年前に発生した『デスダンス事件』の模倣犯による犯行の可能性が高い。所轄の捜査員は被害者の関係者及び現場周辺の聞き込み、本庁の者は『デスダンス事件』の犯人の聴取と、関係先の洗い直しを行うように」
間宮の言葉に、捜査員たちが頷いた。一様に深刻で引き締まった面持ちで、間宮や彼の横のホワイトボードを見つめている。ボードには黒焦げで草地に横たわる被害者男性の遺体写真が貼られ、現場及び近隣の見取り図、被害者の氏名及びプロフィールなどが黒いサインペンで書き込まれていた。
「はい!」
勢いよく、ひよりは手をあげて立ち上がった。捜査員たちの視線が、一斉に一番後ろの机の端に着いたひよりに向く。間宮もこちらを見た。
「提案があります」
「バカ。やめとけ」
隣席から囁きかけ、ひよりの淡い灰色のパンツスーツの袖を引っぱったのは原田だ。刑事課の先輩で歳は三十代前半。がっちりした体格で、髪を五分刈りにしている。構わず、ひよりは続けた。
「ネットの犯罪マニアサイトの閲覧記録を調べたらどうでしょう。いくつか見たことがありますが、『デスダンス事件』を大きく取り上げて、事件現場をレポートしているものもあります。犯人は、そういうサイトを参考にしたかもしれません」
緊張と同時に強い高揚感と期待が胸に湧いた。会議が始まる前からどんなタイミングでどう話すか、散々シミュレーションしてきたので、言葉はすらすらと口をついて出た。
と、間宮は表情をまったく変えずに返した。
「そんなことは、とっくに捜査項目に加えてある」
「あ、そうですか」
嘲笑が室内に広がった。鼻で嗤うような音も聞こえる。負けじと、ひよりは続く言葉を探した。
「それより、お茶を淹れてくれ。濃いめで。私は煎茶よりほうじ茶が好みだ」
間宮が席に戻りながら言った。当たり前のような口調に、物を見るような眼差し。完全にノックアウトされた気分になり、ひよりは返した。
「……はい」
「検死の結果はどうなってる?」
間宮が問いかけ、捜査員の一人が、
「はい」
と答え、席を立った。何ごともなかったように、会議は進んでいく。
肩を落とし、ひよりは机上に広げていた手帳を閉じてジャケットのポケットにしまった。隣から、呆れたように原田が囁いてきた。
「だから言ったろ」
無言のまま恨みがましい目で原田を一瞥し、ひよりは会議室を出て給湯室に向かった。
ひよりが刑事課に配属されてから、間もなく三カ月になる。努力を重ね晴れて憧れの刑事になれたというのに、任される仕事といえばお茶汲みとコピー取り、書類の作成ばかりだ。
事件発生から三日が経過した。徹底した聞き込みや取り調べを行ったにもかかわらず、これといった手がかりはなく、容疑者も浮かんでこなかった。だんだんと、捜査本部にも焦りの色が滲みだした。
「あ~あ。今日もよく集まってるなあ」
そうぼやき、原田は片手でネクタイを緩めた。もう片方の手は、刑事課の窓のブラインドを押し広げている。眼下の署の玄関に押しかけた、マスコミ陣を指しているのだろう。時刻は午後一時過ぎだ。
「『捜査は難航』だの『第二の犯行の可能性は!?』だの、好き勝手に報道してる。マイクやカメラを向けられても、余計なことを言うんじゃないぞ」
窓際の席からそれぞれの席についた刑事課の部下を見回し、苛立った声で告げたのは刑事課長の新木。歳は四十代半ば。小柄小太りで、薄くなってきた頭頂部を隠すために髪にパーマをかけてボリュームを出している。ダークスーツ姿だが、値段は間宮の半分ぐらいだろう。
「はい」
「わかりました」
同僚たちが頷き返す中、ひよりは椅子を蹴って立ち上がった。
「でも、第二の犯行の可能性はありますよね。対策が必要なんじゃないでしょうか」
言いながらローヒールのパンプスの靴音を響かせ、窓際の席に歩み寄る。今日もパンツスーツで色は濃紺、ワイシャツは白だ。たちまち、新木とその後ろの原田が煙たげな顔になった。
「それはこっちで考えるから、お前は書類を作ってろ。明日も会議があるぞ」
歩み寄って来たひよりに告げ、新木が背中を向ける。
「けど、このままじゃ──私も現場に出して下さい。なにかできることがあるはずです」
机の周りを回って新木の正面に立ち、ひよりは食い下がる。うんざりした様子で、新木は首を傾けた。
「課長、お願いします!」
ひよりがさらに身を乗り出すと、根負けしたように新木はため息をつき、頷いた。
「わかったわかった」
そう言うと、ジャケットのポケットから手帳を取り出して開いた。書き込まれた文字を眺め、ボールペンで手元のメモ用紙になにやら書き写していく。
「ほら。ここで話を聞いて来い」
差し出されたメモを受け取り、ひよりは目を通した。「夏目惣一郎」とあり、下には住所が書かれていた。
「『デスダンス事件』を担当していた刑事だ。今は退職しちまったけどな」
「でも事件関係者の捜査は本庁の人が担当する、って間宮さんが言ってましたよね」
「その本庁の人から、この件は所轄が当たるように、お達しがあったんだよ」
「なんでですか?」
「それは……いいから行け」
口ごもったあと面倒臭そうに脂ぎった顔を歪め、ひよりを追い払うように手のひらを前後に振った。
>>第2回へつづく
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■書誌情報はコチラ
・『メゾン・ド・ポリス 退職刑事のシェアハウス』
https://www.kadokawa.co.jp/product/321702000647/
・『メゾン・ド・ポリス2 退職刑事とエリート警視』
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・『メゾン・ド・ポリス3 退職刑事とテロリスト』
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