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高畑充希が演じる新人刑事の牧野ひよりが、西島秀俊、小日向文世、野口五郎、角野卓造、近藤正臣が演じる「イケおじ」退職警官たちと難事件に挑む話題沸騰のドラマ『 メゾン・ド・ポリス 』(TBS系毎週金曜よる10時~)。その原作小説の試し読みを公開!第1回から読む
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 後ろからの声に、ぎょっとして振り向いた。アームカバーの男性が立ち、申し訳なさげに眉を寄せている。
「元のお仕事って?」
「あら、ご存知ない? これは失礼しました」
「あら」のところでおばさんぽく右の手のひらを上下に振り、男性はこう続けた。
「ここは退職した警察官専用のシェアハウスなんですよ。私は管理人兼事務長の高平たかひら厚彦あつひこと申します。定年まで中野東署の総務部に勤めていました。中野東署、ご存知でしょ? ほら、東中野の駅を出て、商店街をまっすぐ行ったところの」
「ほら」のところでまた手のひらを上下させ、ぺらぺらと捲し立てる。他にも身振り手振りを交えて喋るので、その度にひよりの目の前でアームカバーにちりばめられたピーポくんが動いた。
「はあ」
「暖炉の前の方は、迫田さこたたもつさん。元は柳町北署の刑事さん、牧野さんの先輩ですよ。定年と同時に奥さんから離婚届を突きつけられて、こちらにいらっしゃいました。俗に言う熟年離婚ってやつですね」
「熟年離婚ってやつ」と言う時には高平は、口の脇に立てた手のひらを寄せて声を潜めた。ひよりがリアクションに困っていると、高平は勝手に話を続けた。
「で、あちらの白衣の紳士は、藤堂とうどう雅人まさとさん。現役時代は警視庁の科警研かけいけん、つまり科学警察研究所におられました。博士号もお持ちで英語やらドイツ語やらもペラペラのインテリなんですが、女性関係がちょっと。三度の結婚と離婚を経られて結局独り身、今はここで暮らしておられます」
「ははあ。じゃあひょっとして、大家さんはあのおじいちゃん?」
「ピンポン! 正解」
 声を上げ、高平はひよりの肩を叩いた。
伊達だて有嗣ありつぐさんとおっしゃって、元は警視庁のお偉いさんです。お若い頃は捜査二課の刑事としてもご活躍だったそうな。奥様を亡くされた後、ご自宅であるこの館を退職した警察官専用のシェアハウスになさったんです。大変な資産家で大地主。都内のあちこちにビルやマンションをお持ちなんですよ。ついでにあのイヌはバロン。引退したオスの警察犬で、現役時代は鋭い嗅覚を活かしてたくさんの事件を解決に導いたとか」
「なるほど」
 警視庁捜査二課は、主に知能犯による犯罪の捜査を行う部署だ。そう聞けば、さっきの発言も納得できる。
「じゃあ、夏目さんは? 元は警視庁捜査一課にいらしたんですよね」
「ええ。ここに来て二年になりますかね。そりゃもう優秀な捜査員だったんですよ。歌舞伎町のホスト連続殺人事件とか、練馬の東都銀行強盗事件とか全部彼が解決したんですから」
「すごい! 有名な事件ばっかりじゃないですか。でも、辞職されちゃったんですよね。どうして」
「え~。そこはまあ、いろいろと」
 芝居がかった仕草とともにわざとらしい咳払いをし、高平は話を変えた。
「今は雑用係と言いますか、住み込みで私の助手的な仕事をしてもらってます」
「はあ。雑用係」
 状況を飲み込めないまま返し、ひよりは惣一郎を目で追った。藤堂にお代わりを乞われ、彼が差し出したカップに紅茶を注いでいる。そしてひよりが高平の話を聞いている間にも、三人の元警察官たちは熱心に言葉を交わしていた。
「おい、夏目」
 会話を打ち切り、迫田が惣一郎を見た。手を止め、惣一郎も迫田を見る。
「しれっとしてんじゃねえ。お前の事件ヤマだろ」
 迫田にすごまれ、惣一郎は小さく息をついてポットをテーブルに置いた。そして歩み寄って来るなり、目を合わせずにひよりの手から捜査資料を引ったくった。居間の隅に行き、資料を読み始める。
「えっ、協力してくれるの? ていうか、退職警察官専用のシェアハウスってなに?」
 うろたえ、ひよりはつい声に出して訊ねてしまう。と、伊達が柔らかな笑みをひよりに向け、湯気の立つカップを口に運びながら言った。
「ようこそ。メゾン・ド・ポリスへ」

 3


 目指していた鮮魚店には、テレビのレポーターらしきマイクを手にした若い男性とカメラマンがいたので、ひよりと惣一郎は商店街を三十メートルほど進み、青果店に入った。
「すみません」
 声をかけると、商品棚のカゴにトマトを盛り付けていた店主らしき初老の男性が振り向いた。
「なに? 取材だったら勘弁してよ。朝からひっきりなしで、商売になりゃしない」
「いえ。警察の者です」
 言いながら、ひよりはパンツスーツのジャケットのポケットから警察手帳を出して見せた。
「ああ、刑事さんか。でも、このまえ別の人が来たよ」
「度々申し訳ないんですが、念のため」
「仕方がないな。早く済ませてよ」
 店主はやれやれといった様子で、深々と頭を下げるひよりと、その後ろの惣一郎を眺めた。
 昨日メゾン・ド・ポリスから署に戻り、新木にいきさつを報告した。メゾン・ド・ポリスとその面々について話し、「夏目さんは捜査に協力する姿勢を見せてますが、嫌々です」と告げた。収穫なし、と判断されるかと思いきや新木は、「二人で聞き込みをして来い」と言う。驚いて理由を訊ねたが、新木は気まずそうに何やら呟いた後、「いいからやれ」と、またしてもひよりを追い払うように手を振った。話の流れは腑に落ちないが、絶好のチャンス。聞き込みは初めてとあって、ひよりの胸は朝から緊張とともに、強い高揚感に満ちている。
 頭を上げ、ひよりは仕事に取りかかった。
「薗田さんは、こちらから天ぷら店で使う野菜や果物を仕入れていたそうですね。お付き合いは長いんですか?」
「お互い先代の頃からだから、五十年近くになるんじゃないの」
 店主が答える。小柄で細い体をポロシャツとジーンズ、年季の入ったデニムのエプロンで包み、頭にはベースボールキャップをかぶっている。
「じゃあ、いろいろご存知ですね。薗田さんはどんな方でしたか? 最近トラブルに巻き込まれていたような気配はありましたか?」
「いい人だったよ。真面目で働き者で家族思いでさ。老舗の看板に誇りと責任を感じてて、『なにがあっても暖簾は下ろせない』ってよく話してた。刑事さんやレポーターの人にもさんざん訊かれたけど、トラブルなんてなかったと思う。店は繁盛してたし、ギャンブルや女遊びとも無縁な人だから」
「じゃあ、最近『そのだ』やこの近辺で怪しい人や車を見かけませんでしたか? 薗田さんのことを聞き回ったり、悪口を言っていたりだとか」
「それも前に訊かれたけど、思い当たらないねえ。ホント、のどかで平和な町なんだよ」
「そうですか」
 その後いくつか質問したが、返ってくる答えは「前にも聞かれた」「思い当たらない」ばかりだった。
「夏目さんからは、なにかないですか?」
 すがる思いで振り返ったが、惣一郎は両手をオフホワイトのチノパンのポケットに突っ込んで、
「別にない」
 とぶっきらぼうに返した。今日のシャツもボタンダウンで深緑色、足元はスニーカーだ。
「また? さっきからずっとそれじゃないですか」
「ないものはないんだから、仕方がないだろう」
「それでも刑事ですか」
「刑事じゃない。元刑事だ。だから、どんな態度を取ろうが関係ない」
 突き放すように告げ、惣一郎は歩きだした。仕方なく、ひよりは店主に礼を言って青果店を離れた。
 なんなの、この人。高平さんはああ言ってたけど、とても優秀な捜査員だったとは思えない。心の中で毒づき、前を行く広い背中を睨みながらも、ひよりは捜査資料と地図が表示されたスマホを手に商店街を進んだ。
「鮮魚店には後から行くとして、『そのだ』の周辺や常連客の話を聞きましょうか。精肉店、酒屋さん、スーパーマーケット、全部手がかりなしでしたもんね」
 返事はなし。構わず、ひよりは問いかけた。
「四年前の事件について教えてくれませんか。本間を逮捕するまではどうだったんですか? 今回の犯行との違いは?」
「知らん。全部忘れた」
「なによ、それ……バカなの?」
 後半は声のトーンを落として毒づいたが、惣一郎はくるりと首を後ろに回し、尖った眼差しをひよりに向けた。
「誰がバカだ。俺は迫田さんに言われたから付き合ってるだけだ」
「それで『付き合ってる』つもり? 迫田さんに言いつけてやる」
「なんだと?」
「なんでもありません。とにかく、必ず犯人を捕まえますから。薗田さんは職人としてだけじゃなく、父親や夫としてもすばらしい人だったんです。なかなかできることじゃありませんよ」
「それ、昨日も言ってたな。なにかあるのか?」
 ずばり訊かれ、ひよりは一瞬言葉を失った。惣一郎が怪訝そうな顔になり、場に妙に切迫した空気が漂う。それが嫌で、ひよりは返した。
「私の父が正反対だったんです。大手のゼネコンに勤めてたんですけど、絵に描いたような仕事人間で、私や弟の誕生日、クリスマスは無視。母が大ケガをして入院した時だって、一度も見舞いに来なかったんですよ。そのくせ、私が高校二年の時に突然失踪。いまだ行方不明です」
「警察には届けたのか?」
 惣一郎の口調が少し柔らかいものに変わる。反対にひよりは、自分の声や表情が険しくなっていくのを感じた。
「もちろん。母がショックで寝込んじゃったんで、私が捜索願いを出しに行きましたよ。そのとき対応してくれた刑事さんがすごく親切な人で、警察官を目指す理由の一つになった、っていうのもあるんですけど」
「『理由の一つ』か……他の理由には、『親父さんを捜す』っていうのもあるんじゃないのか?」
「まさか」
 足を止め、ひよりは振り向いた。惣一郎の目はまっすぐ自分に向いている。
 実家の居間のテーブルに並んだごちそうや、「ひよりちゃん おたんじょうび おめでとう」のメッセージプレートが載ったデコレーションケーキ、そして泣いて追いすがる幼い日の自分を見向きもせずに、スーツにビジネスコートで出かけて行く父親の姿。くしゃくしゃのメモに殴り書きされた「さよなら」の文字。それを手に泣き崩れる母と弟。次々とフラッシュバックされていく。切なさと怒り、惨めな気持ちも湧いてきて、ひよりは顔を正面に向けて歩きだした。極力感情を抑えた声で告げる。
「あり得ません。もともと好きじゃなかったけど、失踪したことで父が大嫌いになったんです。これまで母や私、弟がどれだけ苦労したか。今さら、生きていようがのたれ死にしていようが、関係ないです」
 惣一郎は無言。しかし背中をじっと見られているのを感じた。
 言い合っているうちに商店街を抜け、駅前の繁華街に入った。一方通行の狭い通りに沿ってファストフード店や居酒屋、バーなどが建ち並んでいる。
 歩いていると前方にある店のドアが開き、中年女性が道端に置いていた黒板が載ったイーゼル式の看板をたたみだした。店構えからしてスナックだが、ランチ営業もしているのだろう。時刻は午後二時前だ。
「すみません。ちょっといいですか」
 警察手帳を示しながら近づいて行くと、女性は振り向き、かがめていた体を勢いよく起こした。
「あんた、刑事さん? 薗田さんのところの事件でしょ? ひどい話よねえ。なにかわかった? 奥さんと息子さんはどうしてる?」
 身を乗り出し、たたみかけるように訊ねてきた。小太りの体に、体型隠しが目的と思しきたっぷりしたつくりのブラウスとスラックスをまとっている。肉付きのいい顔には厚化粧をしているが、首にはシワとシミが目立つ。
「ご家族には今、警察でお話を伺っています」
 勢いに圧されながら、なんとか返した。しかし女性はさらに訊ねてきた。
「あの人、なにかやったの? お店はすぐそこで、私も時々食事に行ってたけど、全然そんな素振りは見せなかったわよ。ひと月ぐらい前に行った時は、息子さんが戻って来てお店を継いでくれることになった、って喜んでたし。奥さんと二人で切り盛りしてたけど、最近歳のせいか、しんどそうだったもの……それともあれ? 実は家族仲が悪かったとか、浮気をしてたとか?」
 うんざりと焦りが同時に押し寄せてきて、ひよりは言葉に詰まった。この人からも役に立ちそうな情報を聞き出せそうにない。
「老舗で旨いと聞いてますが、本当ですか? ネットでの評判もすごくいいんですよね」
 唐突に惣一郎が口を開き、ひよりの隣に進み出た。ぎょっとして見上げると、さらにこう言った。
「僕、天ぷらにはちょっとうるさいんです」
「ちょっと、夏目さん」
「あら、そうなの。おいしかったわよ。具が新鮮で、カラッと揚がっててね。天つゆもいい出汁が出てたわ」
「最近、味が落ちたとかいうことは?」
「う~ん。言われてみれば、ちょっと天つゆがしょっぱかったような。でも、厨房を息子さんが手伝ってたから、そのせいかも」
「間違いありませんか?」
「ないわよ。私だって、天ぷらにはちょっとうるさいんだから」
 不機嫌な顔になり、女性が惣一郎を見上げる。慌てて話を切り上げ、ひよりはスナックを離れた。惣一郎を引っぱり、脇道に入る。
「どういうつもりですか。天ぷらの味なんか関係ないでしょう」
「ある。大ありだ」
「どこに?」
 挑むようにひよりが訊ねると、惣一郎は即答した。
「職人の場合、気持ちに動揺があれば即仕事に表れる。腕がよく、真剣に取り組んでいればなおさらだ」
「なるほど。確かにそうかも。すごいですね」
 素直に感心し、ひよりは頷いた。やり手捜査員の片鱗をようやく見た気がする。
「すごくない。基本中の基本だ」
「いやでも、さすがですよ。プロの技っていうか、年の功っていうか。やっぱり私の何倍も生きてるだけありますね」
「何倍? バカ言うな。俺はそんな歳じゃない。そもそも、お前はいくつだ」
 急に感情的になり、惣一郎はひよりを見下ろした。
「二十六ですけど。夏目さんは?」
「なに!? ……五十二だ。『倍』ではあるけど、『何』はつかない」
「はあ」
「言葉を正しく使えないヤツに、ろくな捜査はできない。これも基本中の基本だ」
「なにそれ。屁理屈こねちゃって」
「なにか言ったか?」
「いいえ、別に」
 ひよりが返すと惣一郎は身をひるがえし、表通りに向かってすたすたと歩いて行った。



第4回へつづく
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