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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.14

【連載小説】夢は派遣先の会社で、正社員の女性との会話に身の置き所のなさを感じて……。こざわたまこ「夢のいる場所」#5-1

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

売れない女優・夢はかつて所属していた社会人劇団「ビューティフル・ドリーマー」で仲間だった翔太に再会した。昔の因縁の相手・宝城莉花が実行委員の演劇祭に翔太の劇団「アキレスと兎」で参加することになるが、翔太の勝手さに劇団の雰囲気は悪かった。演劇祭の決起会で演出家のハスミを囲む上滑りのやりとりになじめずにいた夢は、再会した莉花にオーディションに誘われるが断り、押し問答になる。そこに、翔太がハスミを殴ったといわれ……。

がわさん、休みの日って何してるんですか?」
 昼休み、休憩室に戻って軽く身だしなみを整えていると、正社員の一人から突然声を掛けられた。
「え?」
「だから、休みの日。長谷川さんって、普段は何してるのかなって」
 すると、ロッカー前で化粧直しをしていたもう一人が、あ、それあたしも気になる、とこちらを振り返った。
「ね、気になるよね」
「……別に。何もしてないです」
「でもほら、外に出かけたりとか」
「いや、別に」
「何もしてないって言ったって、ふつう何かはしてるじゃないですか。人間なんだから」
 暗に話したくないと言ったつもりだったのに、全然通じていない。これ以上会話を続けても、押し問答になる気がした。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、化粧直しをしていた方の彼女が、さらに追い打ちをかける。
「いやなんか、さっきそういう話題になったんですよ。長谷川さん、ここに来てけっこうつのにプライベートとか謎だよねって」
 この職場に派遣されたのは、半年ほど前のことだ。この事業所は都内でもいちばん大きなコールセンターで、会社自体は海外から仕入れたアパレル商品の通信販売を行っている。ここで対応するのは、商品に関する問い合わせや、返品・返金の手続きだ。しかし実際に掛かってくるのは、配送の遅延へのクレームや、パンツの色がどうのというセクハラめいた電話まで、様々だ。といってもその電話を受けるのは私達派遣社員で、彼女達ではない。
「そうそう。長谷川さん、普段の飲みとかも全然来ないから」
 最初に話しかけてきた彼女はそう言って、食べ掛けのコンビニパスタのふたを閉めると、残飯ごとその容器をゴミ箱に放り込んだ。どうやら、あまり口に合わなかったらしい。この会社には社員食堂がないので、社員は必然的に、昼食を外で食べたりコンビニで買うことが多い。
 私はというと、今日のお昼は家から持って来たおにぎり二つとお茶で済ました。特別なことがない限り、いつも似たようなラインナップだ。それ自体を不満に思ったことはないけど、以前同じような状況で正社員の人からランチに誘われ、痛い目を見てからというもの、その手の誘いは必ず断るようにしていた。
「長谷川さん、秘密主義っぽいからなあ」
 秘密主義、という言葉をどう受け止めればいいのかわからず、私は、はあ、とあいまいな笑みを返した。沈黙のすきを縫うように、薄いパーテーションの向こうから、野太い笑い声が聞こえてくる。喫煙室からだろうか。
「長谷川さんって、テレビとか何見るんですか?」
「……見ない、です」
「好きな芸能人は?」
「芸能人も、あんまり知らなくて。すみません」
「え、ほんとですか。じゃあ、趣味とかは?」
「そういうのも、別に……」
 話題を切り上げたい一心でわざとそっけなく答えたはずなのに、相手はなかなか引き下がらない。妙に人懐っこい態度で、ぐいぐいと食い下がってくる。タイプは全然違うのに、どうしてか今日きようの顔が思い浮かんだ。種族を越えて体当たりでじゃれ合おうとする、人れした大型犬のような距離の詰め方。
 すると、それを横で聞いていたもう一人の彼女が化粧の手を止め、何かを思い出したかのように、あ、と声を上げた。
「あれ、でも長谷川さんって、エンゲキやってるんじゃなかったでしたっけ」
「え」
 それを聞いた瞬間、妙な居心地の悪さに襲われた。絶対に会うはずのない人と、絶対に会うはずのないタイミングで、ばたりと会ってしまったような。どうして。ここでは、そのことは言っていないはずなのに。
「あ、それ私もなんかで聞いたことある」
「長谷川さんって時々、あそこの公園のベンチに座ってるでしょ?」
 そう言って、窓の外を指さす。
「ああ。なんかいつも本読んでますよね。それ、見たことあるかも」
「うん、あたしも最初はそう思ってたんだけど。なんかね、システム課のばたさんが、あれ台本じゃないかって」
 どきりとした。違う、と否定すればよかったのに、タイミングよく言葉を発することができなかった。
「俺も高校でやってたからわかるんだ、って」
「田端さんがエンゲキ? ウケる」
 ウケる。何の悪意もなく吐き出されたその言葉が、妙にザラザラとした質感を持って耳に届いた。
「全然、そういうイメージないんだけど」
「あ、でもあたし、一回だけあの人と一緒にカラオケ行ったことあって」
「え、いつ?」
「忘年会の時、二次会かなんかで」
「へー、意外。田端さんってどういう歌、歌うの?」
「んー。なんかの、アニソン? よくわかんない。でも、妙に美声だった気がする」
「え、ほんとに? あの田端さんが?」
 なんかウケるんですけど。一際大きな笑い声を上げたその人は、私の視線に気づくや否や、慌てたようにこちらを振り向いて、あ、別に長谷川さんがとかじゃなくて、といらない一言を付け加えた。多分フォローのつもり、だったのだと思う。
 こういう時、私は決まって学生時代のことを思い出す。教室のどこにも居場所を見つけられずに、クラスメイト達のおしやべりに聞き耳を立てていた頃のこと。彼らが時々、度胸試しのように私に話しかけにきては、何かしら良くない言葉を残して私の元から去っていった時のこと。
「その、えっと。長谷川さんも、昔からやってたんですか?」
 その声にはっとして顔を上げると、彼女は会話を仕切り直すかのように、相変わらず人懐っこい笑顔で私を見つめていた。
「……いや、私は」
 本当はずっと、演劇部に入りたかった。中学生の時は、親に反対されて断念した。あんたみたいな子に、舞台なんて上がれるはずがないでしょう。高校生になってからも同じだ。何度か部室の前を行ったり来たりしてみたけど、ドアの向こうから聞こえてきた楽しそうな笑い声に耳を澄ますだけで、終わってしまった。
「……長谷川さん?」
 大人なのに愛想笑いもできず、世間話すらこなすことができない。私は制服を着ていた頃から何も成長していないんだ、と思った。二人の目に、今の私はどう映っているんだろう。すると、私を見つめていた彼女がふいに、でもいいですよね、とつぶやいた。不自然な沈黙を埋めるように。これ以上待っていても望むような反応は得られない、と判断したのかもしれない。
「そういう趣味があるって。人生豊かになりそう。私、超無趣味だもん」
「それわかるわー。あたしもせいぜい、休日にネットフリックス見るくらい」
「長谷川さんは、土日とかだけ劇の練習してるってことですか?」
「え、すごーい。なんて言うんだっけ、そういうの」
「社会人劇団?」
「あ、それそれ」
「その劇団って──」
 がたん、という音が休憩室に響いた。私が立ち上がった勢いで床に倒れそうになったパイプ椅子が、なんとかギリギリのところでバランスを保っている。気がつくと、二人がぽかんとした顔で私を見つめていた。
「……あの。私、休憩もう終わりなんで」
 逃げるように休憩室から飛び出した。外に出てしばらく経って、自分がいつからか、無意識のうちに息を止めていたことに気づいた。歩きながらゆっくり呼吸を整え、肺に酸素を送り込む。自分のフロアに戻る途中で、喫煙室を通りかかった。さっきは休憩室まで大きな笑い声が届いていたのに、いつのまにか人の気配が消えている。
 そういえば、今日の朝礼で社内の喫煙室はすべて年末で取り壊されることが発表された。時々ここで、管理職の中でも特にさえない中年の男性社員や、すぐいなくなってしまった同じ派遣社員の女性が、一人で煙草たばこを吸っているのを見かけた。そういう人達は来年以降、一体どこに向かえばいいんだろう、と思った。

 あれから結局、決起会はうやむやのうちにお開きとなった。
 一通り悪態をき終えると、しようは糸が切れたようにごろりと床に寝転がった。ジェルで固めていたはずの前髪は崩れ、学生時代よりも広くなったおでこが皮脂のせいでいやにテカテカと輝いていた。
 私と今日子は慌てて翔太に近づき、彼の介抱に努めたけど、その間も会場の人間の冷たい視線を痛いくらい背中に感じていた。気がつけば、はいつのまにか姿を消していた。トラブルに巻き込まれたくなかったのだろう。ハスミレンタロウに至っては、取り巻きに抱えられていのいちばんに会場を出たらしい。
『……君達、ちょっといい?』
 やがて、演劇祭の実行委員の一人でもある男性から声を掛けられた。男性の顔は引きり、怒りを通り越して青ざめていた。当然だ。決起会はめちゃくちゃになってしまった。その上、天下のハスミレンタロウを相手に暴力沙汰を起こしてしまったのだ。面目丸潰れと言っても過言ではないだろう。
『責任者と話がしたいんだけど』
 思わず今日子と顔を見合わせた。今あなたの足元で酔い潰れている人です、とは言えず、口をつぐむ。急に黙り込んだ私達を見て、男性は眉をひそめた。このままじゃらちが明かないと思ったのか、「とにかく」と私達に厳しい視線を向ける。
『主宰の人に、運営に連絡するよう伝えておいてください。明日以降でかまわないので』
 それだけ言うと、男性は大きなため息を残して私達の元から去って行った。こちらに向けられた背中は、どこかあきれているようにも見えた。
 それから、どうにかこうにか翔太を建物の外まで引っ張り出した(本当ならりゆうせい君辺りに手伝って欲しいところだったけど、このいざこざに乗じて帰ってしまったらしい)。今日子がタクシーを手配して、翔太を家まで送り届けてくれることになった。
『どうせ、帰るとこ一緒だし。ゆめはここまででいいよ』
 タクシーが発車する直前、翔太と一緒に車に乗り込もうとする今日子に向かって、私は思わず声を上げた。
『今日子、私、その』
『なんか、ごめんね。夢にも色々迷惑掛けちゃって。とりあえず、また連絡する』
『え』
 今日子はそのまま後部座席に乗り込み、タクシーの運転手に向かって、出してください、と行き先を告げた。
 二人がタクシーの中で、あるいは二人のアパートで、どんなやり取りを交わしたのかはわからない。翌日今回の座組のメンバーに対して、次のけいは一旦白紙にしたい、という連絡が回ってきた。あれから何があったのか、どういうつもりなのか。メッセージを送っても返信はなく、翔太からの連絡はそれっきり途切れてしまった。

#5-2へつづく
◎第 5 回全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


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