嶋津輝「不穏じゃないし、ざわざわしない」【連載コラム「私の黒歴史」】
「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2024年2月号」に掲載された内容を転載したものです)
嶋津輝「不穏じゃないし、ざわざわしない」
【連載コラム「私の黒歴史」】
今村夏子さんの小説が好きで、新作が発表されると必ず読む。
今村作品は「不穏」「ざわざわする」と評されることが多い。主人公たちはたびたび奇怪ともとれる無謀な行動に突き進み、自らを回復困難な窮地に陥らせる。そのさまが読む者に不穏な印象を与えるのかもしれない。
でも私はざわざわしない。むしろ懐かしい感じがする。今村作品の主人公たちはそれぞれが独特の事情を抱え、他人からは理解されない奇行に走る。迷走のきっかけは些細なものだ。ちょっとした判断を誤ったり、性格が粗忽だったりするだけだ。そのささやかさと比べ、事態は残酷なまでに深刻かつ滑稽な方向へ展開する。今村さんは、ちゃんとした人たちから見ると珍妙としか思えない言動も、当人たちにとってはそうせざるを得ない事情があるのだということを一貫して書いておられる(と、勝手に思っている)。
子供時代、私も粗忽で、よく判断を誤った。家にあった「大辞林」の分厚いカバーを
高校~大学生ぐらいになると、年間一〇〇日ぐらい遅刻したり、バイトを初日でクビになったりする単にだらしない人になったが、本人はただ
これが大人になったということかと安寧な日常に身を委ねつつ、今村作品を読むたび、ああ自分はなんてつまらないものになってしまったのだろうと、呆然ともするのである。社会とか世間とかいう実態のわからないものに馴染み、小手先の器用さを身に付けてきた過程こそが、自分にとっての本当の黒歴史なのかもしれないと今村作品は突きつけてくる。
プロフィール
嶋津 輝(しまづ・てる)
1969年東京都生まれ。2016年に「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞を受賞。19年に同作を収録した『スナック墓場』(文庫化の際に『駐車場のねこ』に改題)を刊行。23年に初の長編小説『襷がけの二人』を刊行。
書籍紹介
襷がけの二人(文藝春秋)
著者:嶋津輝
発売日:2023年09月25日
第170回直木賞候補! 激動の戦前戦後を生きた女性たちの大河小説
裕福な家に嫁いだ千代と、その家の女中頭の初衣。
「家」から、そして「普通」から逸れてもそれぞれの道を行く。
「千代。お前、山田の茂一郎君のとこへ行くんでいいね」
親が定めた縁談で、製缶工場を営む山田家に嫁ぐことになった十九歳の千代。
実家よりも裕福な山田家には女中が二人おり、若奥様という立場に。
夫とはいまひとつ上手く関係を築けない千代だったが、
元芸者の女中頭、初衣との間には、仲間のような師弟のような絆が芽生える。
やがて戦火によって離れ離れになった二人だったが、
不思議な縁で、ふたたび巡りあうことに……
幸田文、有吉佐和子の流れを汲む、女の生き方を描いた感動作!
(あらすじ:文藝春秋オフィシャルHPより引用)
掲載号紹介
小説 野性時代 第243号 2024年2月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2024年01月25日
商品形態:電子専売
秋吉理香子、垣根涼介がついに最終回! 荻原浩、誉田哲也の連載好評第2回も掲載、充実のラインナップでお送りする月刊小説誌
【連載最終回】
秋吉理香子――殺める女神の島
外見と内面の美を競い合うミスコンの最終審査。
この中で一番嘘つきの殺人犯は誰?
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
光秀は武田と毛利の鉱山について信長に報告した。
謁見後、信長は丹羽長秀に、ある疑問を呈する。
【連載】
荻原 浩――我らが緑の大地
誉田哲也――暗黒戦鬼グランダイヴァー
伊東 潤――天地震撼 信玄と家康
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
伊吹有喜――銀の神話
近藤史恵――風待荘へようこそ
櫛木理宇――死蝋の匣
佐藤正午――熟柿
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
恩田 陸――産土ヘイズ
河崎秋子――銀色のステイヤー
今村翔吾――天弾
【コラム】
告白します――兼桝 綾「頭が良い女の子」
私の黒歴史――嶋津 輝「不穏じゃないし、ざわざわしない」
【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――北沢 陶『をんごく』
第15回 小説 野性時代 新人賞 二次選考通過作品発表
第16回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第45回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項
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