河邉 徹「白だと言ってくれ」【連載コラム「私の黒歴史」】
「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2023年8月号」に掲載された内容を転載したものです)
河邉 徹「白だと言ってくれ」
【連載コラム「私の黒歴史」】
内に秘めることのできる黒歴史なら、思い出して苦しむくらいでいいだろう。本当に辛いのは、何度も話さなければいけない種類の黒歴史なのかもしれない。
僕は高校生の頃に、本屋でナンパをしたことがある。いや、ナンパという意識はなかったのだが、少なくともされた側はナンパと認識していたようだ。
あの頃、僕は高校の同級生でWEAVERというバンドを組んだばかりで、地元神戸のライブハウスに一人でも多く客を呼ぶ必要があった。当時はSNSもなく、来てくれそうな人の連絡先が欲しかったのだ。
僕が学ランを着て人生で初めての〝ナンパ〟をした相手は、同じ中学の子だった。顔見知りだったのだが、じっくり話したことはないという関係だ。本屋で偶然見かけた彼女に、当時の僕は、おそらく結構な勇気を振り絞って話しかけたに違いない。といっても、この出来事は十数年も前のことになるので、そこでどんなやりとりがあったのか、僕の記憶はほとんど曖昧になっている。ただその当時彼女がつけていた短い日記には「
それならこんな遠い昔の話を、わざわざ掘り起こして人に話さなければよいではないか、と思うだろう。しかし残念ながら話さなければならない機会が、僕には不定期で訪れるのだ。
「二人はどうやって出会ったの?」
不意にそんな質問をされる。その書店で連絡先を交換してから十数年の時が流れ、彼女は僕の妻となったからだ。妻は嬉しそうに、その時のことを人に説明する。「それ、作り話でしょ?」と茶化す僕を無視して。
縁を作ってくれた場所は、神戸のジュンク堂書店三宮店。まさかそこにかつての学ランが書いた小説が並ぶ日が来るだなんて、学ランもセーラー服も思いもしなかっただろう。
街の書店では、今日も様々な縁が交錯する。ジュンク堂書店三宮店には、僕の人生にこのような縁をくれた感謝を。そしてあの日の黒歴史は、結果的に白歴史になったのだという認定を、どうぞよろしくお願いします。
プロフィール
河邉 徹(かわべ・とおる)
1988年、兵庫県生まれ。関西学院大学文学部卒業。2009年、スリーピース・ピアノロックバンドWEAVERのドラマーとしてメジャーデビュー。バンドでは作詞を担当する。18年、小説家デビュー作となる『夢工場ラムレス』を刊行。2作目の『流星コーリング』で、第10回広島本大賞(小説部門)を受賞。WEAVERは2023年2月に解散した。
書籍紹介
言葉のいらないラブソング
著者 河邉 徹
発売日:2023年03月01日
出版社:PHP研究所
シンガーソングライターとして活動するも、周囲から“まじめすぎ”、“普通すぎ”と言われることに悩むアキ。そんな彼がひょんなことから出会ったのは、空気を読むことが苦手で“普通になりたい”と思っている個性的な女性、莉子だった。「自由な莉子と付き合えば、自分も変われるのでは」と思うアキ。「真面目なアキと付き合うことで、自分も普通になれるのでは」と思う莉子。そんなきっかけで交際を始めた正反対の二人は、やがて心から惹かれ合うが――。
東京で生きる男女の等身大の恋を描く、音楽×ラブストーリー!
(あらすじ:PHP研究所オフィシャルHPより引用)
掲載号紹介
小説 野性時代 第237号 2023年8月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年07月25日
商品形態:電子専売
赤川次郎によるサスペンス長編完結! 恩田陸、青山文平、垣根涼介ら豪華連載陣で贈る月刊文芸誌
【短期集中掲載】
木下昌輝――剣、花に殉ず
【連載】
青山文平――父がしたこと
赤川次郎――余白の迷路
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
長浦 京――シスター・レイ
中山七里――こちら空港警察
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり
【コラム】
私の黒歴史――河邉 徹「白だと言ってくれ」
私の黒歴史――須藤古都離「昨日はクソじゃねえ」
【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――山白朝子『小説家と夜の境界』
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