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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.66

その胸を貫くのは痛みか快感か――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『君の教室が永遠の眠りにつくまで』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

鵺野莉紗『君の教室が永遠の眠りにつくまで』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、辻斬りの技巧に満ちた一冊。

 胸を貫かれるような感覚がある。
 鵺野莉紗『君の教室がの眠りにつくまで』(KADOKAWA)は、容易には忘れることができなそうな驚きを与えてくれる小説である。
 読者の意表をつくことを目的として構成される作品というものはある。結末に設けられたり、小説の折り返し点に準備されたり、作品によって異なるが、読者が予想もしないときにそれは突如訪れる。この技巧を「辻斬りのように」と表現したのは道尾秀介である。読むことで文章を追っていき、脳内に然るべきイメージを構築していくのが小説の鑑賞法だ。鑑賞のためには読むという能動的な作業が必要になる。作者が提供したものを読者が受け止める。辻斬りの技巧はその関係性を前提にして用いられる。自分が読み取ってきたものを、脳内で醸成されたのとは違う形で解釈可能である、別の観点から眺めることができるということが明らかにされる。その意外さによって、大袈裟に言えば世界が改まるほどの驚きが生じるのである。
 デビュー作で、鵺野はこの技巧に挑戦した。狙いは成功したと思う。小説のどこにその仕掛けが置かれているのかは書かないことにしたい。あまりにもさりげないので、一瞬その行に何が書かれていたのか理解できなかったくらいだ。文章の意味がわかったときに震えるような快感がある。なるほど、そういうことなのか、と深く頷きたい気持ちになる。
 物語の舞台は不思子町という架空の場所に置かれている。三十二年前に灰色の雲が突如発生して町の上を覆い続けてきた、ということが冒頭に記される。町を出さえすれば雲は切れるのだ。不思議な設定である。その町にある不思子第一小学校六年二組の遠野葵が視点人物となる。葵は「胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさ」にさいなまれている。同じクラスの落合紫子がずっと欠席を続けているためだ。葵は紫子と友達になりたかったのに、あることが原因で仲違いし、それからずっと話せずにいるのだということが書かれる。何が起きたのかはわからない。
 作者は一度に晒す手札は最小限のものにしようと決めているようだ。それは賢明な判断で、何が起きているのかが都度語られても、なぜなのかはわからないのである。「計画」という言葉がたびたび出てくる。葵も何かの「計画」を行おうとしているようだが、それが何かは明かされない。しかし彼女にとっては非常に重要なことで、紫子との間にある断絶をそれで埋めようとしているらしいということが薄々わかってくる。
 町では不思議な現象が起きている。何人かの住人が相次いで行方不明になってしまったのだ。彼らの間につながりはないように見える。葵が買い物をした店の老人などもそこに含まれている。失踪した人たちがどんな人物なのかはよくわからない。いや、本作の場合、大人たちは今一つ書き分けが不明瞭で、年齢相応の言動をしていないように見える。視点人物が小学六年生ということが影響しているのかもしれないが、人物描写の技術がまだ追いついていないためだろう。たとえば葵の両親は二人とも警察官という設定なのだが、言動にそれらしからぬ幼さがある。葵自身もまた、小学六年生の年齢相応に見えないときがあるのだ。描写の揺れがあるというのは本来は短所と見なされるべき特徴だが、本作の場合は奇跡的にそれが長所となっている。何が起きているかわからない物語の中で確からしさが与えられないことが、読者の胸中に不安感を掻き立てるのである。すべてが灰色の雲の中にある。
 この不安感が一気に解消されるのが先に書いた辻斬りの瞬間なのだ。それまでは不協和音だけが響いていた世界が一瞬静寂に包まれ、新しい調べが流れ始める。それが快いものなのかどうかは、読む人によって判断が分かれるところだろう。その瞬間までは恐怖と不安が物語を支配しているが、以降は何が起きていたのか、という論理による謎解きの要素が入ってくる。本作は第四十二回横溝正史ミステリ&ホラー大賞優秀賞に輝いた作者のデビュー作だが、前半はホラー、後半はミステリーの性格が強くなる。ミステリーの謎解きが始まってそれまでは見えなかったものが陽光の下に引き出されると、新たな恐怖が生まれる。暗い闇の中に留まっていたほうが心の平穏を保つことができるはずのものが、外に出てきてしまうのだ。だからミステリーとホラーがはっきりと分かれているわけではない。謎が解かれた後に見える光景は寒々としたもので、それこそが最大の恐怖であるかもしれない。
 内容を明かすと興趣を削いでしまうタイプの小説なので、かなり曖昧な書き方になった。これは書いてもいいと思うが、悲劇を作り出しているのは教室内のいじめである。どこにも行き場がないこどもたちが、救いを求める気持ちが根底にある。切実な心情を描いた小説なのだ。先に指摘した点などの粗も目立つが、登場人物に寄り添おうという作者の姿勢はそれらを補って余りあるものがある。葵と紫子という二人の登場人物を描き切りたいという熱意を感じる。誰かの物語を書くために最も必要なことだろう。
「百合×ミステリ×ホラー」というコピーが付されているが、この小説にそれはどうなのか。ちょっと勇み足ではないかと私は思う。何度も書くようだが、あまり情報を入れずに読んだほうがいい小説だ。最初に書いた驚きの要素がいちばんの楽しみなのだから、ぜひそれを味わえるように虚心坦懐に読んでもらいたい。無防備な胸は貫かれやすい。貫かれたときに覚えるのは痛みか快感か。快感であることを切に願う。


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