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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.3

【連載小説】武闘派女刑事と合コン大好き美女警官。 はみだしコンビが巨悪に挑む‼ 矢月秀作「プラチナゴールド」#1-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。

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第1章

「はーい、みんな。車道に飛び出したり、いきなり横切ったりすると危ないのはわかりましたねー」
 あやかわりおは、目の前で体育座りをしている幼稚園児たちに、満面の笑みで声をかけた。
「はーい!」
 子供たちが元気に返事をする。
「車道を渡りたい時は、横断歩道を見つけて、手を挙げて渡るんだぞー」
「はーい!」
 子供たちが手を挙げて、さらに元気よく返す。
「みんな、お姉さんとの約束、守るんだぞ!」
 りおは左手を腰に当て、前屈みになって、右手の人差し指を振って見せた。肩まであるカールした髪の端がふわりと揺れる。
「じゃあ、おしまい!」
 りおが言うと、子供たちが一斉に立ち上がった。
「おねーさん! おねーさん!」
 子供たちがりおを囲む。
 りおはしゃがんで、キラキラの笑顔で子供たちと接していた。
 少し離れたところに、ピーポくんの着ぐるみが立っていた。
 ピーポくんにも、子供たちが群がっている。手を握ったり、話しかけたりする子供がほとんどだが、一人、後ろからしつこく、ピーポくんのお尻を蹴っている男の子がいる。
 ピーポくんは、他の子供たちに愛想を振りまきつつ、振り返った。
 ゆっくりと、蹴っていた男の子に顔を近づける。そして、両手で男の子の顔を挟み、近づけた。
「こら、ガキ。子供だからって、何してもいいわけじゃねえ。暴行罪で引っ張るぞ」
 男の子に聞こえる程度の小声で言う。
 男の子の顔が固まった。みるみる涙袋が膨らんでいく。まもなく、男の子は大泣きし始めた。
 あわてて、年配の女性警官が駆け寄ってくる。
「あらあら、どうしたのかな? ピーポくん、そろそろ時間だから、おうちへ帰ってね」
 女性警官が言う。
 ピーポくんは二度うなずき、子供たちに手を振って、男性警官に手を引かれ、幼稚園の出入口から出て行った。
 そのまま、近くの駐車場に連れていかれた。男性警官が警察車両のワンボックスカーのスライドドアを開けた。手を添え、ピーポくんを二列目の座席にいざなう。
 ピーポくんは、シートにちょこんと腰かけた。
「今日はもう終わりなので、着替えておいてください」
 男性警官は言い、スライドドアを閉めた。
 カチッとロックした音が聞こえる。
 ピーポくんが頭を取った。
 つばきだった。
 きちじようにある幼稚園の交通安全講習に随行していた。
 かぶり物を取ったつばきは、頭を振って、髪の毛を散らす。
「疲れるなあ、ガキの相手は……」
 大きなため息をつく。
 着ぐるみの中で腕を抜いて、背後に手を伸ばして、ファスナーを少し下げた。空いた隙間から両腕を出し、上半身を着ぐるみから出す。
 下に着ていたTシャツは、汗でぐっしょりれ、黒いブラジャーが透けていた。
 シートに置かれていたスポーツバッグを開け、タオルを取って、顔の汗を拭った後、Tシャツを脱いで、流れる汗を拭く。
 脇腹には刺された傷の痕がくっきりと残っている。その傷のあたりの汗も拭い、バッグからカットソーを出して被り、着ぐるみから足を抜く。
 スライドドアが開いた。
「あ、ごめんなさい!」
 りおだった。あわてて、閉めようとする。
「気にしなくていいよ」
 つばきはドアが開いているのも気にせず、着ぐるみを脱ぎ捨てた。
 りおはつばきの横に乗り込んで、すぐにスライドドアを閉めた。
「椎名先輩、いきなりパンティー姿だなんて、大胆ですね」
「着替えてんだから、仕方ないだろ」
 ジーンズを出し、足を通す。
「もう、終わったの?」
「もうすぐ、終わります。私がいると、子供たちが離れないんで、先に戻ってきちゃいました」
 りおが当たり前のように言う。
「先輩、さっき泣いてた男の子、何かあったんですか?」
「尻をガンガン蹴ってたんでね。ちょっと注意しただけだよ」
「ほんと、子供ってそうですよねー。私、子供、大っ嫌いなんです」
 りおはさらりと言い、自分のポーチを取って、化粧を直し始めた。
 食えねえ女だな……。
 つばきはりおをいちべつし、薄手のパーカーに袖を通した。
 つばきは今、広報課に出向を言い渡されていた。
 二週間前のArt3の摘発の責任を取らされた形になっている。
 Art3が入ったビルは、その後、四階の画廊も含めて半焼した。
 五階の倉庫に保管していると見られていた盗品はすべて焼失してしまい、四階のオフィスのパソコンや書類も焼け、多くの証拠品を失った。
 火を放ったArt3の関係者や画廊のオーナーにも逃げられた。
 小此木は、つばきに対する傷害や公務執行妨害についての罪には問われているものの、窃盗に関しては一貫して否認している。
 さらに小此木は、弁護士を通じて、逮捕時のつばきの暴行を訴えていた。
 Art3の摘発失敗の原因は、つばきのスタンドプレーとされた。
 通信障害が生じた時、つばきが摘発を急ぎ、一人で先に踏み込んだことで、相手方に動きを悟られ、証拠を消され、関係者にも逃げられたというのが、捜査本部の見解だった。
 杉平が、通信障害は不可抗力で、現場判断としては間違っていなかったと擁護してくれたが、上層部は聞き入れなかった。
 どういう理由があれ、一年間追ってきた事件の摘発を台無しにしてしまったことに違いはない。その責任を、チーフだったつばき自身が取ることにも異論はなかった。
 そして、今回の件の処分として、九十日間の総務部広報課への出向を命じられた。
 当然、処分期間が終われば、三課に戻る。つばきを預かった広報課は、それまでの間、イベントに随行するピーポくんの着ぐるみ要員を任せることにした。
「でも、ほんと、先輩ツイてないですよねー。まさか、携帯の基地局が盗まれるだなんて」
 りおは話しながら、口紅を引き直している。
 言われたかねえよ、と思いつつ、心の中で舌打ちをする。
 スマートフォンの電波が落ちたのは、渋谷駅周辺のマクロセルの携帯基地局が根こそぎ盗まれたことが原因だった。
 作業員を装った何者かは、点検と称して、広域をカバーする基地局に近づき、解体して、盗み去った。
 五カ所の基地局が同時刻に盗まれたことから、同一グループの犯行と目されている。
 現在、三課では、基地局窃盗の事案についても捜査を進めている。
「でも、私も困ったんですよー。あの日、カラオケ合コンに誘われてて、渋谷に行ったんですけど、場所がわかんなくて聞こうとしたら、障害が起きて、誘ってくれた子と連絡が取れなくなって。結局、行かれなかったんです。チャンスだったのになあ」
 りおは眉も描き直し始めた。
 気楽なもんだな、と、喉元まで出てきた毒を飲み込む。
 つばきの苦手なタイプだ。
 彩川りおは二十三歳。つばきとは一回りも違う。背丈も、一六八センチあるつばきとは違い小柄で、ほっそりしていて愛らしい。
 本人も、自分がわいいことはわかっているようで、メイクやヘアスタイルのチェックには余念がない。
 少し甲高くベタッとした甘え声やほわっとした緩い目つきは、つばきからしてみれば気持ち悪いの一言でしかないが、男性諸氏、特に年配男性にはウケがいい。
 男が単純と言ってしまえばそれまでだが、男が望む女性像を完璧なまでに体現するりおには、感心すら覚える。
 つばきは、特にりおと話したいとは思わないのだが、りおは何かとつばきに話しかけてきた。
 いや、どちらかといえば、りおの一方的なしゃべりを聞かされている。
 ほとんどは、自分のモテ自慢と男の話だった。
 りおが警察官になった動機にも驚いた。
 制服を着るとモテるし、警察官という肩書を持っていれば、つまらない男が寄ってくることがなくなるからという理由だ。
 あんぐりとして、言葉が出なかった。まさか、そんな理由で警察官を志す者がいるとは、考えもしていなかった。

▶#1-4へつづく
◎第 1 回の全文は「カドブンノベル」2020年7月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年7月号

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