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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.2

【連載小説】武闘派女刑事と合コン大好き美女警官。 はみだしコンビが巨悪に挑む‼ 矢月秀作「プラチナゴールド」#1-2

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。

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 つばきは、玄関前の人々に視線を走らせた。
 小此木らしき男はいない。そのままビル内に走り込んだ。
 エントランスの右にエレベーターがあり、左に階段がある。若い捜査員が、つばきの後から駆けこんできた。
「エレベーターから降りてくる人をチェックして!」
 命じ、自分は階段を駆け上がった。
 ビルから出るには、エレベーターとこの階段しかない。屋上から隣のビルに移る可能性も若干残るが、それは外にいる別班が監視しているはず。
 今は盗品の確認と小此木の逮捕が先決だ。
 パンツスーツの上着のすそを跳ね上げ、途中、下りてくる人にぶつかりそうになりながら、一段飛ばしで上へと走る。
 まもなく、四階フロアに出た。ガラス張りの入口ドアから中をのぞく。フロアでは、男たちがあわただしく動き回っていた。
 エレベーター前にも、三人の男がいた。目を向ける。
 とたん、つばきは柳眉を逆立てた。
「小此木!」
 声がホールに響く。
 三人の男がギクッと肩をすくめた。つばきに目を向ける。二人の男が壁のように立ち、その後ろに小柄で細身の中年男がいた。
 つばきたちが追っていた小此木なるだ。
 つばきは小此木確保に動こうとした。が、それより先に、小此木のガードをしていた二人の男がつばきに迫った。
 左の男がつばきの右肩を握った。
 つばきはとっさに、右手で男の左手の甲を握った。左脚を後ろに引いて半回転し、体を入れ替える。
 男の腕がねじれた。左手を男の肘裏に添え、背筋をグッと伸ばし、左腕を伸ばす。
 男は前屈みになって、顔をしかめた。
 つばきは男の腕を押さえたまま、もう一人の男と小此木をにらんだ。
「サツだ!」
 腕を押さえられた男が叫んだ。エレベーター前のホールや階段に、声が響く。
 画廊から、男が数人出てきた。そのうち二人が、五階へ駆け上がっていく。
 つばきは目の端で男たちの動きを捉えた。腕を押さえた男の背中を突き飛ばす。よろけた男が、もう一人の男に倒れ込んだ。その男がよろけた男を支え、動きが止まる。
 その隙に、男たちの脇を駆け抜け、小此木に迫った。左手を伸ばし、つかもうとする。
 小此木がズボンの右ポケットに手を入れた。素早く出し、右手を突き出す。
 動きを感じ、つばきは瞬時に左半身になった。
 左手の甲にチリッと痛みが走った。
 とっさに後ろへ飛び退き、距離を取る。黒目だけ動かし、手の甲を見た。切れて、血がにじんでいる。
 小此木の手にはナイフが握られていた。
 つばきのそうぼうが鋭くなる。
 エレベーターが四階で停まった。小此木はナイフを8の字に振り、つばきをけんせいする。
 つばきはにじり寄り、距離を詰めていく。
 エレベーターのドアが開いた。小此木がちらりとエレベーターの中を見た。
 その瞬間、つばきは一気に間合いを詰め、小此木の右前腕を左手でつかんだ。そのままエレベーター内に押し込む。
 小此木は奥の壁に背中をしたたかに打ちつけ、うめきを漏らした。
 つばきは右手で小此木の左肩を押し、体を壁に押さえつけた。小此木の体が開く。
「あんたは逃がさないよ」
 つばきは右膝を叩き込んだ。膝頭は小此木の股間をえぐった。
 小此木は目をいて、息を詰めた。内股になり、壁伝いにずるずると沈んでいく。
 背後から、小此木をガードしていた男の一人がつばきの肩を握った。瞬時につばきは半回転し、右肘を振った。
 男の右頰に肘がめり込んだ。歯が折れ、血が噴き出す。ドアにぶつかった男を蹴り出し、閉ボタンと一階のボタンを押す。
 振り返ると、小此木が右腕で体を起こそうとしていた。
 つばきは小此木を見下ろし、爪先を腹部に蹴り入れた。
 小此木は目を見開いて、唾液を吐き出した。腹を押さえ前のめりになる。
 エレベーターが下降し始めた。
 小此木の背中を踏みつけた。小此木は床にうつぶせになった。腕をねじ上げ、帯革に通したホルダーから手錠を出す。
「俺が……何したってんだ……」
 小此木が声を絞り出した。
「とぼけんじゃないよ。窃盗で逮捕状が出てんだよ。少なくとも、私への傷害と公務執行妨害は付くからね」
 後ろ手に手錠をかける。
「それは……あんたがいきなり襲ってきたからじゃないか」
「そう主張すればいい。本丸はそこじゃないから。締め上げてやるから、覚悟しな」
 つばきは顔を覗き込み、小此木を睨んだ。
 一階に到着し、ドアが開く。ホールには、杉平たちの姿があった。
「杉さん、小此木を確保しました」
 床に突っ伏している小此木に目を向ける。
 杉平は無残に地べたにいつくばる小此木を見やり、ため息をついた。
「こいつを本部に連行して。あ、ナイフも持っていってね。物証だから」
 杉平の脇にいた若い刑事に目を向ける。
 男性刑事は、エレベーターに入ってハンカチでナイフを拾い上げ、小此木を立たせて、連れ出した。
「画廊の男たちが五階に向かいました。盗品を処分するかもしれません」
「階段で若いのを先に行かせた。俺たちも行こう」
 杉平と他の捜査員が乗り込んでくる。つばきを含めて七人乗り込むと、狭いエレベーター内はいっぱいになった。
「他は、階段で上がって、四階フロアを押さえて」
 そう指示し、五階のボタンを押して、ドアを閉じた。
 エレベーターが動き始める。
「椎名……。小此木は、やりすぎじゃないか?」
 杉平が言う。
「刃物を出してきたのは、小此木ですから。……杉さん、禁煙やめました?」
 つばきは鼻をひくひくさせた。
「いや、続けてるが……」
「なんか、焦げ臭くありません?」
 つばきが言う。
 杉平や他の捜査員も、顔を左右に動かしながら臭いをぐ。
「ほんとだ。なんか、臭いですね……。何かが焼けてるような……」
 若い捜査員がエレベーター内を見回しながらつぶやく。
「焼けてる……!」
 つばきは三階のボタンを押した。エレベーターがまもなく停まる。
「どうした、椎名!」
 杉平が声を上げた。
「盗品処分!」
 そう叫び、エレベーターを飛び出し、階段を駆け上がる。
 杉平らの表情もとたんに険しくなった。一斉にエレベーターを降りて、つばきに続いた。
 つばきが四階のホールに出ると、五階から煙が漂ってきていた。五階へ上がろうとする。先に上がっていた捜査員が駆け下りてきた。
 踊り場で捕まえる。
「どうなってるの!」
「あっ、椎名さん! 連中、倉庫に火を放ちました!」
「連中は!」
「上階に逃げました! 他の者が追っています!」
 若い捜査員が口早に報告する。
 つばきは、くそっ! と吐き捨て、階段を駆け上がろうとした。あわてて、若い捜査員が腕をつかむ。
「五階は消火不能なほど燃えています。危ないです!」
「消防を手配して!」
 つばきは手を振り払い、階段を駆け上がった。
 ホールの手前まで上がる。その時、爆発音がし、五階フロアのドアが吹き飛んだ。業火が噴き出す。
 つばきは足を止め、とっさに両腕で顔を覆った。熱風が頰をかすめる。
 少しあと退ずさりしたつばきは、噴き出す炎を睨みつけた。

▶#1-3へつづく
◎第 1 回の全文は「カドブンノベル」2020年7月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年7月号

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