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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.1

【連載小説】武闘派女刑事と合コン大好き美女警官。 はみだしコンビが巨悪に挑む‼ 矢月秀作「プラチナゴールド」#1-1

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。


プロローグ

 しいつばきは、カーテンで目隠しされたワンボックスカーのセカンドシートに座っていた。
 隙間から通りを挟んで路地の奥にある古びた七階建てのビルを見やり、ショートボブの髪を指でき上げる。左耳にはヘッドセットが付いていた。
「A班。このはどう?」
 話しかける。
 と、若い男の声で返事が来た。
 ──まだ出てきた様子はないので、中にいると思われます。
「そう。そのまま待機ね」
 つばきは指示をして、通話をいったん切った。
 センターコンソールの正面にある無線機に手を伸ばす。脇のスイッチを入れて、本部と交信した。
「椎名です。突入態勢、整いました」
 告げる。
 つばきは、しぶセンター街の外れにいた。行き交う人々を横目に、間口の狭い対象のビルだけを見据えている。
 つばきが所属するのは、警視庁刑事部捜査第三課。主に、窃盗犯を摘発する部署だ。
 今、目にしているビルの四階と五階に、かねてから内偵を進めていた窃盗団のアジトがある。
〈Art3〉という画廊を装ったフロアで、四階は展示場と商談スペース、五階は絵画や彫刻を収納する倉庫ということになっている。
 実際、四階では無名作家の展示会が行なわれ、五階の倉庫もそれら展示用の作品の収納に使われている。
 一方で、期間展示スペースというものがあり、飾られる絵や彫刻は不定期に入れ替えられるが、それが盗品のサインだという。
 絵画なら宝飾品、彫刻なら銅などの金属、といった具合だ。
 盗品の売買交渉は表の商談スペースで通常の作品売買と変わらない形で進められ、商談が成立すると、五階の倉庫に隠していた盗品を、他の美術品と共に運び出すという手はずで、取り引きをしていた。
 つばきたち捜査第三課では、Art3で、そのような盗品売買が行なわれているらしいという情報を一年前から得ていた。
 しかし、決定的な証拠は得られず、展示場や倉庫を捜索することも、搬入出される品を調べることもできずにいた。
 そこに、おいしい情報が飛び込んできた。
 昨年末、東京郊外で発生した貴金属店の窃盗事件で盗まれた宝飾品が、Art3で取引されるという情報だ。
 一カ月前に協力者から得たもので、三課は慎重に捜査を進めていた。
 さらに、その事件の犯人の一人と目されている小此木という男が交渉に訪れるとの情報も付加されていた。
 そして、三時間前、張り込みをしていた捜査員から、小此木と思われる男がビル内へ入ったとの報告があり、Art3への捜索差押許可状と小此木の逮捕状を取って、現場へ急行した。
 現場の指揮は、つばきが任されていた。
 つばきは、捜査員を三班に分け、ビル三方の出入口を固めた。そして、つばき率いる本隊は、通り向かいの時間貸し駐車場にワンボックスカー二台で待機している。
 小此木がビルに入って、三時間。そろそろ交渉を終え、出てくるものと思われる。
 チャンスは今しかなかった。
「課長、指示を!」
 強い口調で言う。
 ──よし、適時突入しろ。
「了解!」
 つばきは運転席にいた捜査員に無線機を渡し、腕時計を見た。
 十五時三分だった。
 スマホを取り、全班のチーフに同時につなぐ。そして、ヘッドセットのマイクを指でつまんだ。
「全班、ヒトゴーマルゴーに突──」
 指示を出そうとした時、突然、通信にノイズが入った。激しいノイズが耳管を揺るがし、思わず顔をしかめる。
「何……?」
 ノイズは激しくなる。
 スマホをたたいてみるが、直らない。ヘッドセットも外し、ブルートゥースを切った。スマホからノイズが漏れる。
 つばきはスマホをシートに投げつけた。
「スマホを貸して!」
 前席にいる捜査員に手を伸ばす。
 運転席の捜査員がスマホを出した。それをひったくって、A班のチーフの番号を入れ、通話ボタンをタップする。
 が、同じく、ノイズが聞こえるだけでつながらない。
「どうなってるの?」
 カーテンの隙間から外を見た。
 通行人たちが立ち止まり、誰もがスマホに目を落としていた。ざわついている。
「通信障害かもしれませんね」
 助手席にいた捜査員が、自分のスマホを見ながら言う。
「こんな時に!」
 つばきはビルに目を向けた。
 玄関前は、立ち止まりスマホを確認する通行人で込み入っていた。ビルの中からも人が出てきている。
「みんな、手分けして各班に伝令に走って! 今すぐ、踏み込むよ!」
 つばきは命じ、車から飛び出した。隣に停めていたワンボックスカーのスライドドアを開いた。
すぎさん!」
「どうなってんだ……?」
 少し薄毛の中年男性は、自分のスマートフォンを握って首をかしげていた。
「通信障害のようです。今から、踏み込みます」
「そうだな。行くぞ」
 同課のベテラン、すぎひらは待機していた捜査員たちに声をかけた。一斉に車のドアが開く。
 つばきは捜査員たちが降りてきたのを認め、一人、先にビルへと走った。
「椎名、待て!」
 杉平が呼び止める。
 が、つばきには届いていない。人混みを搔き分け、ビルの玄関だけを見据え、突き進んでいる。
「しょうがないなあ。みんな、急げ」
 杉平は一つ息をついて、自分もビルへ向かった。
 通信障害に気がついた人々が狭いエントランスと玄関前にたむろし、林立する周辺のビルの上を見上げている。
 各階のフロアの窓も開き、外に顔を出している者もいる。四階の窓も開いていた。
 それにいち早く気づいたのは、杉平だった。小走りでビルに近づいていた杉平は、歩を緩め、スマートフォンを出し、通信障害を気にする周りの人々と同じようにさりげなく上方を見回した。
 四階の窓から顔を出していた男が、つばきを捉えた。他の人たちとは違い、つばきの動きだけを追っている。
 そして、急いで、フロアに引っ込んだ。
「いかん! 全員、走れ!」
 杉平は腕を振り、自分も駆け出した。

▶#1-2へつづく
◎第 1 回の全文は「カドブンノベル」2020年7月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年7月号

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