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試し読み

【新連載試し読み】矢月秀作『MIX 幻金凶乱』

3月12日発売の「小説 野性時代」2018年4月号では、矢月秀作『MIX 幻金凶乱(げんきんきょうらん)』の新連載がスタート!
カドブンではこの試し読みを公開いたします。

警視庁マネーロンダリング対策室長の一之宮祐妃は、疑惑の投資会社を内偵するべく〈チーム〉の招集を警視総監に申し出る―。
仮想通貨をめぐる犯罪に切り込む! 警察小説の旗手、本誌初登場。

 
 

 竹本茂子(たけもとしげこ)は、広い和室にいた。猫足の座卓前に置いた座椅子に深くもたれ、うなだれていた。
 座卓の向かいには、スーツを着た若い男女が座っていた。
 一人は髪を短くきれいに刈った少し浅黒い好青年風の男だ。もう一人は黒髪を一つに束ねた日本的な顔つきの優しそうな女性だった。
 二人は微笑んでいた。
 しかし、茂子との間に穏やかな空気感はない。ぴりぴりとして重い沈黙が漂っていた。
「茂子さん。お約束しましたよね」
 女が切り出した。
「今度、私たちがお伺いした時には、私たちが提案する仮想通貨に投資していただけると。私たちはその言葉を信じて、茂子さんに多くの通貨を買っていただけるよう、準備を整えたんです。なのに、今更投資はしないといわれても。私たちも困るんです」
「そうは言われてもねえ……。このところ、仮想通貨はなんだかトラブルが多いでしょ。私も余裕があるわけじゃないから。大事な生活資金でもあるからねえ」
 茂子が言う。
 男が口を開いた。
「茂子さんのご心配はお察しします。ですから、私たちは不安を払拭できるよう、確実な仮想通貨を選んで、茂子さんにご提案したんです。値動きを見ていただいてもわかると思いますが、ビットコインとは違って、私たちの選んだ仮想通貨はそれほど変動していないはずですよ」
 終始笑顔を崩さず、優し気な口調で諭すように語り掛ける。
 が、茂子は顔を上げない。
 迷ったり、悩んだりしている様子ではない。やんわりと二人を拒否している雰囲気だった。
「お孫さんに、会社設立の資金を出してあげたいと言っていたじゃないですか。私たちが選んだ銘柄は、変動幅は小さいものの、投資していただければ確実に利益を出せます。年利八─十パーセントで運用できます。今時、そんな投資先はありませんよ」
「孫の話もねえ。よく考えてみると、私がそこまでする必要もないんじゃないかと思ってね。あの子の親がすればいいことだから。私は余生を生きるためのお金があればいいのよ。七十歳も過ぎたから、よくても、あと二十年も生きてないでしょうしね。だったら、今の資金で十分だし」
「茂子さん、今は人生百年の時代ですよ。七十歳になった今だからこそ、残り三十年を見越した投資はしておくべきです。これ以上先になれば、投資すらできなくなって、八十、九十になった時に困ることになります。茂子さんね。私たち……いえ、私は、茂子さんのことを心配して話をしているんですよ。うちの祖母も茂子さんと同じように手堅く生きていました。私はその生き方を悪いとは思っていませんでした。むしろ、しっかりしていると思っていました。けど、予期せぬ病に倒れて、治ったのはいいけど、治療費で大事に貯めていた金はなくなって、その後は爪に火を灯すような生活になって、挙句に、生活保護を受けるようになりました。そのまま死んでしまったんですけど。知ってます? 生活保護者の最期って?」
 男が畳みかけていく。
「葬式は挙げられないんです。福祉課から火葬代が出るところまでが生活保護なんでね。骨となった故人をどうするかは勝手なんですが、火葬が終わるまでは、私たちの自由にはできないんです。私は言ったんですよ。祖母がかわいそうで、いくらでも出すから、葬式をさせてくれと。けど、それはかないませんでした。強行しようとしたんですが、祖母が通っていた病院の主治医や民生委員の方に止められました。葬式を強行すると、金があったんじゃないかと見られ、不正受給を疑われるそうなんです。冗談じゃないですよね。でも、そういうシステムになっているんだそうです。私は泣く泣くあきらめました。祖母には謝りましたよ。葬式も出してあげられなくてごめんね、と」
 男は唇を噛んでうつむき、軽く拳を握った。
 深呼吸をして、顔を上げる。
「私はね。茂子さんに、そんな惨めな思いをしてほしくないんですよ。だから、しつこいと思われるかもしれませんが、一所懸命、ご提案申し上げているんです。なんとか、投資していただけませんか。このとおりです」
 男は座卓から離れて、土下座をした。
「私も同じ思いです。お願いします」
 女も座卓から少し離れ、深々と頭を下げる。
「ちょっと、広田君も理世(りよ)ちゃんも、顔を上げて」
 茂子は戸惑った様子で声をかける。
 しかし、二人は顔を上げない。
「いや、ほんとに困るわ……」
 茂子がおろおろする。
 二人はじっと頭を下げていた。
 茂子は、少しの間、あたふたしていた。が、やがて深いため息をついてうなだれた。そして、顔を上げ、茶を(すす)る。
「わかりました」
 茂子が言う。
 二人は顔を上げた。
「投資していただけるのですか?」
 女が上体を起こし、茂子に笑顔を向けた。
「ごめんなさいね、理世ちゃん。投資はできません」
 茂子はまっすぐ、女を見つめた。女の表情が(こわ)ばる。
 男も顔を上げる。茂子は、二人の顔を交互に見た。
「広田君もごめんなさい。もっと早くに、お断りしておけばよかったんだけど、つい、二人と話すのが楽しくて、断れなかったの」
「私たちの提案が不十分でしたか?」
 男が言う。
「いえ、提案は魅力的だったわ。広田君や理世ちゃんが私の人生設計を真剣に考えてくれていることもよくわかった」
「なら――」
 理世が口を開きかけたのを、茂子が遮った。
「でもね。申し訳ないけど、あなたたちの会社を調べさせてもらったの」
 茂子の言葉に、二人の顔から笑みが消える。
「ずいぶんとトラブルが起こっているみたいね。中には、投資した金額のすべてを失った人もいると聞いたわ」
「それは、お客様が私たちが止めるのも聞かずに、乱高下する通貨に投資してしまったためです」
 男が言う。
 茂子は微笑んで、首を横に振った。
「広田君。私も、あなたたちを信じてあげたいの。でもね、私も投資に関しては素人じゃないので、元本保証や高金利を(うた)うところはとりあえず調べるのよ。そして、自分で確信が持てないところには投資しない。トラブルは広田君の言うとおり、顧客の独断が招いたことかもしれない。ただね。たった一件でもそうしたトラブルが発生するところって、あとで必ず、破綻するの。そういうリスクのあるところに、私の大事な生活資金は預けられない。これが私の結論よ。本当にごめんなさい。あなたたちといろいろお話しできたのは楽しかったわ。ありがとう。広田君、理世ちゃん、今の会社はお薦めしない。早く辞めた方がいいと思う。また別の投資会社に入った時、お話持ってきてくださいな。あなたたちのお話は、最優先で考えるから」
 茂子は深い笑みを目尻に刻んだ。

 
 
(このつづきは「小説 野性時代」2018年4月号でお楽しみいただけます。)
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最新号 2019年12月号

11月10日 配信

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