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連載

加藤実秋『メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒』 vol.1

【連載小説】シェアハウスに住む元刑事のおじさん軍団&元大泥棒チームが、少女誘拐事件に挑む! 加藤実秋「メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒」#1

加藤実秋『メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒』

※本記事は連載小説です。

 今年はまだ、リンドウの花が咲かない。ふと思い、小川おがわつむぎは歩みを緩め顔を上げた。
 いつもならとっくに咲いてる時期なのに、なんでかな。ちゃんと水やりしてるし、春には挿し芽もしたのに……もしかして、植木鉢? 水はけが良くないとダメって、じいじが言ってたし。閃くのと同時に気持ちがはやり、紬が足を速めようとした矢先、
「紬ちゃん!」
「待って!」
 と呼ばれて振り向いた。歩道を同じクラスの光本みつもと和花わか森野もりの初音はつねが、ランドセルを揺らしながら駆けて来る。ここは住宅街の中の大通りで、たくさんの人と車が行き来している。
「一緒に帰ろうって言ったでしょ」
「すごく捜したんだから」
 紬の前で足を止め、和花と初音が言う。紬は「ごめんね」と謝り、三人で並んで歩きだした。
「それで、畑のカブが枯れちゃったの。水も肥料もあげてるのに」
「私もカブはダメだった。育てるの難しいよね」
 和花と初音が喋りだした。二人で交わしていた会話の続きらしい。紬は問うた。
「なんで枯れたの? 虫のせいなら、近くでシュンギクとかニンジンを育てるといいよ。カブにつく害虫が嫌うんだって」
「へえ。シュンギクとかニンジンの種って、どこで売ってるの?」
 和花が訊ね、初音も怪訝そうな顔をする。紬は答えた。
「線路沿いのホームセンターにあるよ」
「ホームセンター? それ、本物の畑の話?」
 和花に訊かれ、紬は「うん」と頷いた。たちまち和花たちは、
「私たちが話してたのは、ゲームの『遊ぼう! いきものの郷』だよ。知らない?」
「本物の畑をやってるの? 野菜とか花とか、育ててるの?」
 と騒ぎだした。その勢いに圧倒されながら、和花はまた頷いた。
「え~っ。土とか泥とか、いじるんだよね。汚くない?」
「あと、虫。たくさんいるでしょ?」
「うん。この間、リンドウに付いたアブラムシを退治した。ナメクジとイモムシも」
「うえ~っ! ゲームの方がいいよ」
「うん。好きな野菜や花を育てられるよ」
 でも、ゲームじゃ育てた野菜がすごくおいしいとか、花の香りが嬉しいとか、わからないよね。それに二人が食べてる野菜も、汚くて虫のいる畑で穫れるんだよ。そう浮かびはしたが口に出すとさらに騒がれそうなので、紬は笑って「そうだね」とだけ返した。納得したのか、和花と初音は別の話を始めたので、紬は傍らに目を向けた。
 洋菓子店のショーウィンドウに、自分たちの姿が映っている。紬はショートカットで、パーカーにジーンズ姿。隣の初音は花柄のワンピース、その隣の和花はキャラクターもののトレーナーにデニムのスカートという格好だ。三人とも深緑色のスクールキャップをかぶり、ランドセルを背負っている。
 少し歩いて、紬は和花、初音と別れて脇道に入った。人と車が減り、道の左右には住宅が並んでいる。時刻は間もなく午後三時半。通り過ぎた一軒の家からは、小型犬の鳴き声とテレビの音声が聞こえた。
 和花ちゃんは、「水も肥料もあげてるのに」って言ってたから、悪いのは土? ゲームでも土を耕したり、腐葉土を入れたりできるかも。そう思い、紬は和花を追いかけようと振り返った。その目に、大通りから脇道に入って来る黒いワゴン車が映った。エンジン音を立て、猛スピードでこちらに近づいて来る。
 思わず足を止めると、ワゴン車は紬の脇で急停車した。同時に、勢いよく後部座席のスライドドアが開く。そこから飛び降りたのは、ベースボールキャップを目深にかぶり、マスクを付けた男。どくんと紬の胸が鳴り、体が強ばる。しかし紬がランドセルの脇に下げた防犯ブザーを掴むより早く、男は紬を抱え上げてワゴン車の後部シートに押し込んだ。
「やだ! やめて」
 張り上げようとした声が、口に粘着テープを貼られて途切れる。
「大人しくしろ。殺すぞ」
 後部シートに横倒しになった紬の顔を覆い被さるように覗き、男が低く殺気だった声で言う。たちまち、紬の頭は恐怖と焦りでパニックになる。スライドドアが閉まる音がして、ワゴン車は走りだした。

 写真を貼り終え、牧野まきのひよりは振り返った。
「これが現場です」
 後ろのホワイトボードを指して言い、向かいを見る。
 中央のソファに白衣姿の藤堂とうどう雅人まさと、奥の窓際の安楽椅子にはくすんだオレンジ色のニットベストを着た伊達だて有嗣ありつぐが座り、壁際の暖炉の前では、黒いジャージの上下に身を包んだ迫田さこたたもつがあぐらを掻いている。出入口のドアの脇には深緑色の胸当てエプロンを締めた夏目なつめ惣一郎そういちろうが立ち、隣には両腕に落ち葉のイラストがちりばめられたアームカバーを装着した高平たかひら厚彦あつひこもいる。伊達の足下には、腹ばいになって眠るシェパード犬のバロン。メゾン・ド・ポリスの居間にはいつものメンバーが顔を揃え、おじさんたちは真剣な顔でホワイトボードの写真を見ている。
「目撃者は?」
 手を動かし、ひよりに「邪魔だからどけ」と命じながら迫田が訊ねた。ホワイトボードの脇に避け、ひよりは答えた。
「いません。犯人ホシは早朝、または昼間の人がいない時に犯行に及んだようです」
「防犯カメラがあるでしょ。じゃなきゃ、指紋を採取したら?」
 そう提案し、藤堂はソファの向かいのガラスのローテーブルからソーサーに載ったカップを取り、コーヒーをすすった。
「そうなんですけど、ことを荒立てたくないっていうか」
 困惑し、ひよりもホワイトボードを見た。
 写真の手前の一枚には、流し場が写っている。ステンレス製のシンクと、コーヒーメーカーと湯沸かしポットの載った天板。その上にしつらえられた吊り棚には、素材もデザインも様々なマグカップや湯飲み茶碗が並んでいる。傍らの壁の前には、プラスチック製の白く大きなゴミ箱が置かれていた。
 その隣に貼られた一枚はゴミ箱の蓋を外し上から撮影したもので、ゴミ箱の中には丸めたペーパータオルやスティックシュガーの小袋などに混じり、大きく膨らんだコンビニのレジ袋が一つ入っていた。さらにその隣の一枚は、ゴミ箱から取り出されたレジ袋とその中身が写っている。牛乳パックとボックスティッシュ、丸めたティッシュ。他は野菜の皮や切れ端、卵の殻、ハムと焼き魚の食べ残しなどだ。
「なるほど。明らかに身内の犯行、しかも常習犯だからね」
 楽しげに笑い、藤堂はカップをソーサーに戻した。反対にひよりはため息をつき、「ええ」と返す。
 三枚の写真の隣には少し間隔を空け、さらに三枚の写真が貼られ、その隣にも三枚貼られている。どれも写っているのは流し場とゴミ箱、レジ袋とその中身で、撮影場所はひよりの職場である警視庁やなぎまちきた署内の給湯室だ。
「だからって、なんで俺らが」
 迫田が顔をしかめたので、ひよりは言い返した。
「だって迫田さんが、『ヒマだ。何でもいいから事件ヤマを持って来い』って騒ぐから」
「こんなもん、ヤマじゃねえ。殺人ころしとか強盗たたきとか、もっとデカくて急を要するやつを」
「デカいとか小さいとか、元とはいえ警察官が、事件に優劣をつけていいんですか?」
「なんだと? 毛も生え揃わねえひよっこの分際で、口ばっかり達者になりやがって」
「迫田さん。それを言うなら、『羽根も生え揃わねえ』。毛じゃセクハラだから」
 苦笑して藤堂が口を挟み、ひよりもさらに言い返した。
「その通り。ついでに私は、『ひよっこ』じゃなく『ひより』です」
 すると「まあまあ」と、高平が割って入って来た。
「ヒマなのは本当だし、せっかくひよりさんが来てくれたんですから。でしょ、夏目さん?」
 笑顔で話を振られ、惣一郎は「はあ」と答えたが顔は露骨に面倒臭そうだ。その顔のまま惣一郎はひよりに、
「概要を説明しろ」
 と告げた。「はい」と返し、ひよりは改めておじさんたちに向き直った。
「二週間ほど前から、署の給湯室のゴミ箱に家庭ゴミと思われるものが廃棄されるようになりました。マナー違反で、清掃業者の人も困っています。犯人は数日の間隔を空けて三回、家庭ゴミを署のゴミ箱に廃棄しています。放置しておけばさらに続くと思われ、対処が必要です」
「郵便物や宅配便の伝票など、ゴミの中にホシの身元を特定できるものは?」
 惣一郎が問う。夕食の準備をしていたのか、白いボタンダウンシャツの袖をまくり上げている。時刻は午後五時を過ぎ、外は既に暗い。ひよりは首を横に振った。
「ありません。レジ袋のコンビニも、この近隣に十店舗近くあって手がかりになりません」

(つづく)


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