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連載

加藤実秋『メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒』 vol.2

【連載小説】ヒマを持て余したメゾンの面々。署で発生した不法廃棄事件を調べていると――。 加藤実秋「メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒」#2

加藤実秋『メゾン・ド・ポリス6 退職刑事と引退大泥棒』

※本記事は連載小説です。

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「手がかりなら、あるじゃない。ゴミは持ち主の鏡ですよ」
 そう言ったのは高平。胸に陶器のコーヒーポットを抱き、惣一郎を連れてホワイトボードの前に進み出た。
「最初に棄てられたのは、燃えるゴミ。次が燃えないゴミで、最近のはペットボトル。分別はできていますね。でも、牛乳パックとペットボトルの中をゆすいで潰してないのはダメ。野菜の皮やクズの様子からして、お料理をやり慣れていて腕もいいですよ。犯人は女性か家事好きな男性ね。量が少ないから、一人か二人暮らしでしょう」
 写真をじっくりと見て、高平はコメントした。確かにゴミの中身は、三回とも種類が違う。すると、惣一郎も言った。
「ゴミ出しが面倒で署に棄てたのなら、ホシは一戸建て住まいの可能性が高いですね。マンションには専用のゴミ置き場があって、いつでも棄てられますから」
「さすがのご明察。二人とも、ゴミプロファイラーとしてデビューしたら?」
 藤堂にからかわれ、高平は「やめて下さいよ」と眉根を寄せて振り向き、叩くように手を上下させた。それを見て迫田が「けっ」と顔を背け、伊達は居眠りをしている。
被疑者マルヒの目星は?」
 惣一郎に問われ、ひよりは首を横に振った。
「署員の住宅の状況は、半数近くが独身寮暮らし。寮には食堂もゴミ置き場もあるので、犯人とは考えにくいかと……夏目さん。どうかしましたか?」
 そう訊ねると、高平と藤堂、つられて迫田も視線を動かした。惣一郎はホワイトボードの前に立ち、ゴミの中身の写真を凝視している。
「これ。野菜と肉の色がおかしいな。こっちとこっちもだ」
 一枚の写真の上で指を動かし、惣一郎は返した。写っているのは、最初に棄てられたゴミだ。「どれどれ」と高平が写真に向き直り、ひよりもホワイトボードの前に戻った。
 惣一郎が最初に指したのは、グリンピース。改めて見ると、確かに表面が灰色がかった白に変色している。次に指した挽き肉とハムも、同じ様に変色していた。
「腐って変色するのとは違う気がしますが、どうですか?」
 高平の横顔を見下ろし、惣一郎は問うた。写真に目を向けたまま、高平は答えた。
「その通り。これは冷凍焼けです。よく気がつきましたね。お掃除やお洗濯も上手くなって来たし、じきに主夫免許皆伝じゃない?」
 後半は目を輝かせ、惣一郎の肩をばしばしと叩く。「どうも」と返した惣一郎だが、表情は複雑だ。ひよりは身を乗り出して問うた。
「冷凍焼けってなんですか?」
 振り向き、高平は口を開こうとした。が、「僕の出番だね」と言って藤堂が立ち上がり、進み出て来た。
「日本の家庭用冷凍室の平均温度は、約マイナス十八度。しかし野菜や肉、魚などは温度変化によって水分が抜けて乾燥と酸化が進んで変色することがあり、この現象を冷凍焼けと呼ぶ。冷凍焼けした食品を食べても健康上の問題はないが、見た目が悪く食感もパサパサするので嫌う人が多いね。ではなぜ酸化するのかというと、食品中のタンパク質が変質し」
 白衣の腰に手を当て、滔々とうとうと語りだしたのでひよりは「すみません」と遮り、さらに高平に問うた。
「犯人は冷凍した食品を食べていたってことですか? でも野菜の皮とクズにも、冷凍焼けしてるものがありますよ」
「冷凍した食品を食べてたんじゃなく、食べ残しや料理のゴミを冷凍庫にしまってたんじゃないかしら。生ゴミの出し方の一つなんですよ。凍らせちゃえば、臭いとかゴミ箱の管理とかの心配がないでしょ」
「状況からして、ホシは既婚者です。何らかの理由で、収集日にゴミ出しをできない状況なんでしょう。署内に、最近奥さんと別居した男性はいませんか?」
 穏やかな声に振り向くと、伊達が笑顔でこちらを見ていた。「お目覚めですか? バロン、遊んでもらえるね」、そう告げて高平が居間の奥に行き、ひよりは答えた。
「みんな噂好きだから、奥さんと上手くいっていないとか出て行ったとかなら耳に入るんですけど——あ、一人います。生活安全課の刑事の奥さんが、最近お産で里帰りしたとか」
 閃くのと同時に、ひよりの頭にその刑事の顔が浮かぶ。
「多分ホシはその刑事です。大事にならないように、ゴミの廃棄をやめさせます」
 そう続けると、伊達はバロンの頭を撫でながら微笑んで頷き返した。
「刑事さんじゃ忙しいし、タイミングを逃してついってことなんでしょうけど、ゴミ出しのルールは絶対ですから。家族のためにも、しっかりしてもらわないと」
 高平が言い、惣一郎も、
「ゴミ出しは、ルールじゃない。掟だ」
 と重々しく呟いた。ひよりはライトグレーのパンツスーツの背筋を伸ばし、一礼した。
「ありがとうございました。署に戻って直ちに対処し、後ほど報告します」
「お役に立てて何より。ひよこちゃんは、我らのアイドルだからね」
 藤堂が髪の乱れを整えながら返し、ウインクしてきた。内心うんざりしつつ、ひよりが再度礼を言おうとすると、鼻を鳴らす音がした。迫田がこちらをにらんでいる。
「何がアイドルだ。ちやほやされていい気になってるから、いつまで経っても俺ら頼りのひよっこなんだ」
「いい気になんてなってないし、精一杯やってます。それに今回の事件で迫田さんが発言したのは、『目撃者は?』だけで」
「精一杯なのは当然なんだよ。お前、刑事になって何年目だ? ここに通い始めてどれぐらい経つ? そろそろ問答無用の結果を出さねえと、時間切れだぞ」
 すぐに言い返そうとしたひよりだが、迫田のいつになく厳しい表情に言葉が出て来ない。取りなすように笑い、また高平が割って入って来た。
「ガミガミ言わない。血圧が上がりますよ……ひよりさん、気にしないで。いいところを私たちに持って行かれて、ねてるんですよ」
 ひよりが返事をしようとした時、ジャケットのポケットの中でスマホが鳴った。取り出して、「牧野です」と応える。
「署に戻れ。小学生の女の子が行方不明になってる。誘拐の可能性が高い」
 早口の硬い声が告げる。電話の相手は、刑事課の上司の原田はらだ照之てるゆきだ。にわかに緊張し、ひよりは「わかりました」と返して電話を切った。迫田がまた何か言おうとしたので、ひよりはホワイトボードの下に置いたバッグを掴み、
「お邪魔しました」
 と一礼して居間を出た。

 駐車場にセダンを停め、職員通用口から柳町北署に入った。階段で二階に上がり廊下を歩いていると前方でドアが開き、刑事課の入っている部屋から人が出て来た。先頭は刑事課長の新木あらき幸司こうじで、三十代後半の男性と女性が続く。どちらもスーツ姿で、顔は青ざめて引きつっている。新木は少し先の応接室のドアを開け、男性と女性と入って行った。
 ひよりはドアを開け、部屋に入った。退庁時間後なので人は少ないが、各部署ごとに事務机と椅子が並べられている。通路を進み刑事課の自分の席に歩み寄ると、隣の席の原田が振り返った。
「おう。これ読んでおけ」
 出かける支度をしながら告げ、ひよりに書類を差し出した。他の刑事課の刑事たちも、身支度を整えたり通路を歩きだしたりしている。慌ただしく張り詰めた空気を感じながら、ひよりは書類を受け取った。一番上に写真がクリップで留められている。写っているのは、笑顔でピースサインをかざす女の子。丸い顔が新木が連れていた男性、涼しげな目元が女性に似ているので、二人の娘だろう。原田が言う。
「小川紬ちゃん、九歳。朝顔あさがおちょう一丁目在住で、朝顔小学校の三年生だ。一時間ほど前に家族から、『帰宅せず、公園や友だちの家にもいない』と通報があった。一緒に下校した友だちによると、十五時半ごろ水仙すいせんちょうの路上で別れたそうだ。パトカーと警察犬を配備し、通学路近辺の防犯カメラの画像の解析も始めてる。俺らは関係者への地取りだ」
「わかりました」
 既に本庁の捜査一課にも連絡済みのはずなので、誘拐の可能性があると判断されれば、柳町北署に指揮本部が設置される。アメリカの捜査機関のデータによると、失踪した人が四十八時間経過しても発見されないと、死亡している可能性が高くなる。失踪の原因が誘拐で、犯人が顔見知り以外の場合、死亡の可能性はさらに増すという。
 原田が机を離れたので、ひよりも後に続こうとした。
「お前は残れ……あの人を頼む」
 後半は声のトーンを落とし、原田は横を向いた。ひよりも倣うと、壁際の打ち合わせ用のテーブルに、白髪頭の男性がこちらに背中を向けて座っている。
「紬ちゃんの祖父だそうだ。両親には課長が応対してるが、念のためにあの人からも話を聞いてくれ。年寄りの相手は、お手のものだろ?」
 最後のワンフレーズにイラッとしながらも、ひよりは「はい」と答えた。原田が歩きだし、ひよりもテーブルに向かった。白髪頭の男性は青いネルシャツの上にベージュの作業用ベストを着て、目を閉じて胸の前で腕を組んでいる。年配の男性によく見られるポーズだが、寝ているのか判断に迷う。
「紬ちゃんのおじいさんですか?」
 声をかけると、白髪頭の男性は目を開け、組んでいた腕を解いた。小柄だが、がっちりした体をしている。
「はい」
「刑事課の牧野です。お話を伺えますか?」
「孫は誘拐されたんですか?」
 強い口調で問い返し、白髪頭の男性がひよりを見た。顔の輪郭がそっくりなので、紬ちゃんの父方の祖父か。椅子を引いて向かいに座り、ひよりは答えた。
「まだわかりません。お名前と年齢、職業を教えて下さい」

(つづく)


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