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連載

三羽省吾「共犯者」 vol.25

死体遺棄事件の発端は、二十七年前の出来事だった――。報道の使命と家族の絆を巡るサスペンス・ミステリ。 三羽省吾「共犯者」#16-1

三羽省吾「共犯者」

※この記事は、期間限定公開です。



前回までのあらすじ

弱小週刊誌「真相BAZOOKA』のエース記者・宮治和貴は、岐阜の死体遺棄事件を追っていた。富山県警の管理官で幼馴染の鳥内は、布村留美という女性が犯人でほぼ間違いないと取材の中止を促すが、父から事件の被害者は弟・夏樹の実父だと明かされた宮治はさらに事件を調べ、弟が布村に協力していることを確信する。その矢先、大手週刊誌『週刊ホウオウ』が、宮治が夏樹を庇うため世間を欺こうとしていると報じ、宮治はこれに応じることに――。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

 七(承前)

〈告白、あるいは『週刊ホウオウ』K記者への回答〉

 翌週の『真相 BAZOOKA』センターページに掲載された記事に、みやはそんなタイトルを付けた。サブタイトルは〈しらかわむら殺人死体遺棄事件の被害者・ごうゆうさんと重要参考人A、並びに筆者の身内の者、三者の関係について〉というものだ。
 続くリード文は、記事の概略というよりも先週号のホウオウのおさらいのような内容でまとめられている。
 ホウオウの記事を肯定も否定もせず、売られたけんを買うようなニュアンスも意識的に排除すると、書いた宮治自身「誌上バトルにはほど遠いな」とつぶやいてしまうような、普通のタイトル回りになってしまった。
 ただ、通常と異なる点もあった。いつもならリード文の最後に入れる(宮)という署名をやめて、サブタイトルの下に宮治かずとフルネームを入れたことだ。
 事件との関わりが明確でないなつの名前は本文では伏せているが、その署名によってピンとくるひらつか市民は少なくないだろう。そういう人々がみんな、はいじまぐんのように宮治家に好意的だとは限らない。中には、ネット上で宮治夏樹の名前をさらす人がいることも充分に考えられる。
 だがいつもの(宮)で濁したところで、重要参考人A=ぬのむらが特定されたように、あまり意味はないだろう。
 宮治はそう判断して、はたの忠告を無視してフルネームを入れた。

〈前回の東京オリンピックが開催された年、その男性は埼玉県うら市(現さいたま市)に生まれた〉

 そして記事本文は、そんな書き出しで始まる。
 捜査本部から公表されていない個人名や地名は伏せつつ、記事はその男性=佐合優馬の生い立ちを辿たどる。大筋はネット上に書かれている通りだが、一つ一つの事実の間を埋めるように、宮治が足で稼いだ情報も挿入されていた。
 例えば、実父にとっては孫のような年齢でしようふくとして生まれ、とても甘やかされていたこと、その実父の死後、実母に押し付けられそうになったが拒絶されたこと、それで生家から追い出されるように親戚筋に養子に出されたこと、佐合に対して優しく接していたきょうだいがいたこと、そのきょうだいの尽力もあり、まともに働いていた時期があったこと、出所後には身元引受人との接見をすっぽかすことなく、真面目に働き口を探していたことなどは、新聞・雑誌・テレビ・ネットまで含め、すべてのメディアで初出のはずだった。
 かといって宮治は、佐合を『頑張ったけれど駄目だった人』という分かりやすい枠には収めない。
 十九歳で最初の結婚をしたもののほとんど定職に就かず、生まれた長子の世話は養家に任せ切り。この長子が三歳の頃、生家からまとまった額の金を手切れ金として得た佐合は、二番目の妻と次子を含む四人で関東から東海地区のラブホテルを転々とする。夫婦そろって酒とギャンブルにまみれたその日暮らし。トラブルを巻き起こしてはその町にいられなくなり、また違う町へ。金が尽きると一時的に住み込みの仕事をするが、その主な目的は寝る場所の確保と新たに借金をするためで、どこでも長続きはしない。
 ネット上では断片的に書かれているだけだったその頃のひどい生活振りも、宮治は取材で得た情報を交えつつ、時系列で丁寧につづった。
 佐合が二人の子供に対してどのように接していたか──当然これも初出だ──については、夏樹から聞いた内容を具体的に書いた。夏樹が言った「ちょっと粗雑なお父さんのはんちゆうだったような気がする」という発言にも、大人になった長子の感想として触れておいた。
 そして記事は、佐合が二度目の服役に至る経緯を説明したところで、残された妻と二人の子供に視点を移す。ここからは主に、ひろを通じて知った配島からの情報だ。
 妻は別の男と暮らし始め、佐合と暮らしていたアパートは家賃滞納が続く。家主がこの部屋に放置されている二人の子供を発見し、警察に届け出る。警察は介入せず、児童相談所に報告。二人の子供は児童福祉施設に保護された後、児童養護施設に入所する。佐合と妻は親権を放棄し、まだ五歳だった次子は北陸のある夫婦と特別養子縁組をして引き取られた。八歳だった長子は、関東のある夫婦と普通養子縁組をする。
 ここで宮治は、普通養子縁組と特別養子縁組の違いについて簡単に説明。その後、こう続けた。

〈この北陸に引き取られた次子が、現在所在不明となっている重要参考人Aだ。つまりホウオウの記事にあった通り、Aは被害者・佐合優馬さんの実子である。
 そして長子は、筆者の実家に引き取られた。ホウオウの記事では筆者の〝身内〟としか書かれていなかったが、長子は八歳から筆者のきょうだいとして育てられた。現在は三十歳代となり、筆者の実家から離れて暮らしている〉

 郡司以外の旧友には、夏樹が宮治家の養子であることは言っていない。この部分を書きながら、宮治は「え~?」と驚く何人かの顔を思い浮かべた。
 掲載ページ数は、風俗店潜入ルポと自社広告を潰して、当初予定していた四ページから六ページに拡充されていた。写真はタイトルバックに岐阜県警の外観と遺体発見現場、文中に佐合優馬の十数年前の顔写真が小さく使われているだけで、殆ど文字だけで構成されている。
 それでも、ここまでで既に三ページを要した。
 宮治は残りのページを使い、身内が絡む事件なので読者の目をらす為に、記事を岐阜県警の違法捜査に関する内容にすり替えたというホウオウの言い分を、明確に否定。その根拠として、長子=自身のきょうだいから直接、次子とは施設を出た後一度も連絡を取り合っていないこと、長子は犯行にも逃亡にも関わっていないことを確認した事実を挙げた。
 更には、捜査本部が福井県かつやま市のATMで採取した遺留物をDNA鑑定した結果、佐合名義のキャッシュカードを使った人物が佐合とも重要参考人Aとも血縁関係にないと断定したという、これまでどこにも公表されていない情報も記した。
 ここまでで、計五ページ。
 最後のページの半分を使い、記事はこう続く。

〈筆者はこの白川村殺人死体遺棄事件の全容をつかんでいるが、ここでそれをつまびらかにすることは、捜査に支障をきたす可能性もある為、控えなければならない。
 ただ、最後にこう記しておきたい。
 重要参考人Aは、大きな思い違いをしている。
 Aが重要参考人のままで、公開捜査の対象にすらならないのには、それだけの理由がある。その理由には、A自身もピンと来ている筈だ。ならばAは一刻も早く出頭し、知っている事実をすべて告白すべきである。
 Aがやろうとしていることが成し遂げられたところで、その行為が生み出すのは、また新たな苦悩だ。それも、数え切れないほど多くの〉

 そして記事は、事件の早期解決を望むといった定型文を並べ、一旦終わる。
 更にその後、まるで本件とは無関係であるかのように一行を空け、こうえんからの長い引用文で締めくくられた。

【言論の自由】(freedom of speech)個人が思想を言論により発表することの自由。近代民主主義の基礎をなす権利の一つで、日本国憲法は第21条でこれを保障。
【言論】言語や文章によって思想を発表して論ずること。また、その意見。「──統制」
【表現の自由】外部に向かって思想・主張などを表現する自由。日本では憲法第21条で保障。
【表現】心的状態・過程または性格・志向・意味など総じて内面的・精神的・主体的なものを、外面的・感性的形象として表すこと。また、この客観的・感性的形象そのもの、すなわち表情・身振り・動作・言語・作品など。表出。「作者の意図がよく──されている」「──力」

「ネットの掲示板やSNSで好き勝手なことを言い散らかすやからに〝思想も主張もないのならば黙れ〟とくぎを刺してるつもりだろうが、効果あるのかねぇ」
 早刷りのBAZOOKA最新号をデスクに放り投げ、中堅記者のむらが編集部内に聞こえるように言った。
「それより、全体の構成としてどうなんだろうな。殆どがホウオウの記事を認めるだけの内容じゃねぇか。佐合の生い立ちと複雑な血縁のことがホウオウより具体的になっちゃいるが、事件について新しい情報はほぼない」
 ベテランのしろが続く。
 記事では伏せられていた、宮治が知る事件の全容について質問する者はいない。いたところで宮治が絶対に口を割らないことを、全員が知っているからだ。
 発売日前日、午後七時過ぎのことだった。明日は週に一度の公休日でいつもなら早く帰る者も多いのだが、この日は取材に出ている数名を除く全員が残っていた。他部署の編集部員も、BAZOOKAの早刷りを待って大勢残っている。
「もっとこう踏み込んだ内容と言うか、ホウオウに売られた喧嘩を買うような……」
「自分の家族のこと、誤魔化さずに書いてるんです。私はそれだけですごいと思いますけど」
 八代の言葉を遮り、たまが言った。
「おぉ、なんだよ小娘」
「その呼び方、いい加減やめて下さい。編集者に年齢も性別も関係ないって、八代さん言ってましたよね?」
 彼女といしづかは、ゲラ刷りの段階で記事に目を通している。もちろん編集長の幡野は、印刷所に入れる前に読んでいた。
 パーテーションの向こうから、その幡野が親子喧嘩のような八代と玉田のやり取りを「まぁまぁ」と止めた。
「ホウオウに売られた喧嘩を買ったところで、ヘビー級にミニマム級が挑戦するようなもんだろうが。大した意味はねぇよ。それより、俺もちょっと気になるところがあるんだが」
 幡野は次号の校正の為に、編集会議用の大テーブルを占拠していた。玉田ら編集部員達が幡野の元へ集まった。他部署の者達も、早刷りを手に近付いて来る。
「宮治さん」
 玉田に呼ばれたが、宮治は「おう」と生返事を返し、キーボードをたたき続けた。編集部内の会話は聞こえていたが、長文のメールを複数箇所に送るので忙しかったのだ。
「最終的には俺がゴーサイン出したんだから今更だけどよ、どうも宮治らしくない。特に前半の〝佐合優馬の生い立ちにはむべき事情がある、しかし生前の彼の行為はこれこれうんぬんで〟って流れは、いつもの宮治節の真逆と言っていい」
 幡野のその言葉に、方々から「確かに」「そう言われれば」と小声が漏れた。
 五分ほどして宮治もデスクを立ち、激しく上下する幡野の禁煙パイポをパーテーション越しに見詰めた。
「回りくどい言い方は削って削って、白黒、善悪、功罪、そういうのをスパッと分けて書く。しかし独自のネタを根拠として盛り込み、絶妙に偏向と言われない体でまとめる。そういうのがお前の記事の真骨頂だと、俺は思ってたんだがな」
 幡野を取り囲む人々がザワつき、宮治に目を向ける。ずっと黙っている石塚も、心配そうに宮治を見詰めていた。
「下手な文章で申し訳ありません。ただ、佐合みたいな人間だって、徹頭徹尾悪人だったわけじゃないと言いたくて。なんでもかんでも単純化するのは、ネット民的と言うか……対象が死者とはいえ……いや、死者だからこそ……」
 そこで口ごもった宮治に、幡野が追い討ちをかけるように言った。
「それは分かるが、この記事、誰に向かって書いたんだ?」
 なるほど、さすがに鋭いな。そう思いながら、宮治は「誰って……」と顔を伏せた。
「決まってるでしょう、読者ですよ。まぁ今回の場合、ホウオウへの回答でもあるんで、いつもとは少し違う書き方になってるかもしれませんけど」
 うつむいて口にした言葉だが、それなりに説得力はあったらしい。玉田が「そりゃ、書き方も変わりますよ」とうなずいてくれたのも大きい。その場にいた殆どの者が「そっかそっか」「なるほどね」と、いつもの宮治らしくない記事内容に納得した。
 幡野も「ふん」と鼻から息を吐き、更に鋭く質問しようとはしなかった。
「それより編集長、明日から、すみません」
「謝るなら石塚と玉ちゃんだろ。原稿取りとグルメページのフォロー、二人でやってくれるってよ。なんかおごってやらねぇとな」
 社屋の回りにはまだ宮治を待ち構える他社メディアがおり、宿直室泊まりは二週目に入っていた。明日の『真相 BAZOOKA』発売と同時に、もっと増えるかもしれない。
 そこで宮治は、またしばらく東京を離れたいと幡野に申し出ていた。
「今夜、とうと思います。連絡と原稿のやり取りは、通常の出張と同じくメールでお願いします」
「おぅ、取材依頼は全部、断っといてやる」
「よろしくお願いします」
 ホッとして顔を上げた宮治の視界の端に、まだこちらをじっと見詰めている石塚がいた。

「長いことメール打ってましたね。どこへ送ったんですか?」
 キーを渡しながら、石塚がたずねた。地下駐車場は蒸し暑く、その声はやけに重々しく響いた。
「あちこちだ。取材協力の礼とか、新たな取材依頼とか」
 石塚に頼んで、宮治の自宅から会社まで、SUVに乗って来てもらったところだった。
「これから、岐阜ですか?」
「いや、取りえず富山だ」
 富山の布村夫妻とつぼうちふみには、ああいう記事を書いた経緯を説明しておきたかった。
 ホウオウほど露骨な決め付けでないものの、今回のあの記事で、宮治は初めて布村留美が事件に関与していると断言したようなものだ。
 布村夫妻にも坪内にも、彼女が事件に関わっていないと考えるのは不自然だと伝えている。それでも彼らの方では、宮治が布村留美をかばってくれると信じ、取材に協力してくれたような気がする。
 だから電話やメールではなく、直接会って説明すべきだと思った。
「富山って……いまさら布村留美の過去を洗うんですか?」
 それらの事情を知らない石塚が訊ねたが、宮治は答えずSUVに荷物を詰め込んだ。
「遅くまで悪かったな。明日はしっかり休め」
 後部座席に頭を突っ込んだまま言うと、背中に「うそですよね」という言葉が届いた。
「なにが」
「事件の全容が分かってるって、噓なんですよね」
 車中泊グッズのチェックを終えて、宮治は運転席に乗り込んだ。そしてエンジンをかけ、笑って「なんだそりゃ」と返した。
「捜査に支障を来すから書けないって誤魔化してましたけど、要するに、まだまだ分からない部分があるってことでしょう。すべてを把握してるってハッタリを書いて、布村留美が焦って動きだすのを待つ。それが狙いでしょ? だから、彼女が身を潜めている可能性が高い岐阜か北陸へ行く。正確な場所は分からないけど、とにかく布村留美の近くに向かう。違いますか?」
 さっき、編集部内では言えなかったことなのだろう。薄暗い蛍光灯の下で、石塚はせきを切ったように早口で言い連ねた。
「だったら、どうだと言うんだ」
「最悪の場合、自殺も考えられるんじゃないですか? それで事件の真相がやぶの中なんてことになったら、どうするんですか」
 クールをくわえたものの火をけるのはめて、宮治は笑った。
 SUVのかすかなトルク音が、天井の低い地下駐車場で鼓動のように響く。
 軽い気持ちでやっていた脅しまがいの情報収集をたしなめられたことで、今度は逆に臆病になっているのかもしれない。
 そのことについて注意したい気持ちはあったが、現状で説明出来る範囲では石塚が言っていることは正論だし、第一、時間がなかった。
「深読みがスゲーな」
「答えて下さい」
「もうすぐ分かるよ」
「え?」
「じゃ、行くよ。玉田にもよろしく言ってくれ」
 石塚は更になにか言おうとしていたが、宮治は構わず、くわえ煙草たばこのままアクセルを踏み込んだ。

#16-2へつづく
◎第16回全文は「カドブンノベル」2020年3月号でお楽しみいただけます!


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