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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.34

【連載小説】真夜は死んだ。無駄に、無意味に――。あまりにも苦い真相が明かされる。 少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#34

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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 学校では眠気と戦うことになると思っていたけれど、ほとんど眠くならなかった。下校して家に荷物を置いてから、ぼくは再び出かけた。
 昨日の晴天と打って変わって、空には暗く雨雲がかかっている。雨がたまに降ってはすぐに止み、天気がいたずらをするみたいに、傘を差そうとするぼくをほんろうする。
 笹倉駅。待ちあわせの相手は、もうきていた。
「涼子」
 声をかけると、黒いダッフルコートに黒いジーンズをはいた涼子が、顔を上げる。全身黒で長身の涼子はくろひようみたいでもあり、喪服を着ているみたいでもあった。
「行こうか」
 何も言わずに、並んで歩きだす。涼子もほぼ寝ずに学校に行ったはずなのに、眠気は全然感じられない。
「本当なの? 電話で話してくれたこと」
 判らない、という風に首を振る。確信はあるけれど、裏を取ったわけじゃない。
 本当は、確かなことが判るまで、ぼくひとりで抱え込みたかった。ただ、明日がきたら、圭一郎は似顔絵を描いてしまう。今日中に確証をつかむためには、涼子に頼らざるを得なかった。
「それよりも、ちゃんと会えるんだよね」
「うん、たぶん」
「判った、ありがとう」
 駅から続く大通りを歩き、十分ほど行ったところで曲がる。
 ぼくたちが着いたのは、『マンドラゴラ』だった。十七時。営業時間のはずだけど、看板やガチャガチャは表には出ていない。「臨時休業」という張り紙だけがしてある。
 扉は開いていた。中に入ると、前にきたときと同じ、甘ったるい匂いに襲われる。涼子はそのどぎつさに、顔をゆがめた。
 ゲームやアダルトグッズややくやらがごちゃまぜに展示された店内で、狭い通路を歩いて奥に行くと、カウンターの向こうに人がいた。
 公輝だった。
「こんにちは、公輝くん」
「全く、こんなところに呼びだして、なんなの?」
 文句を言いながらも、興味がありそうな表情で見つめてくる。静かな場所で公輝に会いたいと涼子づてで頼んだら、ちょうど鍵を持っているから『マンドラゴラ』でどうかと言われたそうだ。
「郷原さんは、大丈夫?」
「さあ。釈放されたのかどうかも知らない。それよりも、ジソーっていうの? ここで働いてたのバレてから、変なやつらがきて大変。川崎も寝込んでるからバイトもできないし」
 公輝はチョコレートバーをかじっていた。カウンターの上には、破かれたバーの袋が大量に積まれている。今日の食事みたいだった。
「今日は何、買いもの? セックスするのにいいグッズ、たくさん置いてあるよ」
 アダルトグッズがあるあたりを、チョコレートバーで示した。そういう態度を取られるのは覚悟していたので、ぼくは動揺しなかった。
「公輝くん。教えてほしいことがあるんだ」
「何? ものによっては高いよ」
「郷原さんは、なんで川崎さんを殴ったの?」
「俺がここに出入りしてるのが、嫌だったんでしょ?」
「お兄さんが嫌がってるのに、なんで君はここに出入りをしてるの?」
「そこの女と違って、お金がないんだよ」
 涼子が、軽くこぶしを握る。ぼくは構わずに先を続ける。
「つまり、君はここで、お兄さんに黙って店番のアルバイトをしていた。それがバレたから郷原さんは怒って、川崎さんに暴力を振るった」
「そう言ってるだろ。馬鹿なの? お前」
「でも、君は郷原さんとちょくちょく会ってるよね? 隠れてバイトをするなんて、できるのかな? 君が『マンドラゴラ』に出入りしていたことを、郷原さんも知っていたんじゃない?」
「兄貴に聞けよ」
 余裕ぶった態度をとっていた公輝は、あからさまにイライラしはじめた。彼の気分は、のりしろがない。スマホのアプリを起動するみたいに、一瞬で切り替わる。
「以前、郷原さんは川崎さんと揉めたらしいね。もともと一緒に商売をやっていたのに、川崎さんに暴行をして、保護観察処分になった」
「さっきから何言ってんだよ。はっきり言えよ」
 公輝はますます攻撃的になったが、ぼくは少しも怖くなかった。今日のぼくは、変だ。心が石みたいにカチカチになっている。
「君の右腕に、傷があるよね」
 ながそでのシャツに隠れた公輝の右腕を、指差した。
 前に『マンドラゴラ』で会ったときに見た。右手の前腕の甲側に、修正液を横に走らせたような傷が何本も引かれていた。
「どうしてそんなところに傷があるの?」
「はあ? 自分で切ったんだよ」
「でも、リストカットするなら、普通は手首の内側を切るんじゃない? どうして、外側を?」
 公輝は舌打ちをしただけで、何も答えない。
 ネットで調べたら、手首の外側を切る人も、いるにはいるらしい。公輝がなんとなくそっちを切っている可能性はあった。でも、彼は理由を答えられない。
「その傷は、自傷行為でできたものじゃない」
 いきなり、公輝はカウンターをバンと叩き、身を乗りだした。歯をくその姿は、怒ったニホンザルのようだった。ぼくはそれを客観的に認識するだけで、何の感情も覚えない。
「だから君は、外側を切った理由を言えない。自傷じゃないんなら、誰かに切られたことになる。でも、それもおかしいよね。誰かに襲われたんだとしたら、そんな並行した傷が綺麗につくわけがない」
「うるせえな。殺すぞお前」
「その傷は、川崎さんにやられたんだろ」
 急に、公輝が腕を突きつけてきた。
 その手には、ナイフが握られていた。涼子がビクッと震える。ポケットナイフよりもはるかに大きい、サバイバルナイフだった。
「お前の顔に、同じの、つけてやろうか?」
 ナイフの表面に映ったぼくと、目が合った。自分のものとは思えないくらい、生気の感じられない目だった。
「公輝くん、待ちなよ」
 涼子が言う。その手に握られているものを見て、公輝は動きを止めた。
 涼子は、防犯スプレーの缶を握っていた。武器のコーナーに飾られているものを、さっきに取ってきたのだ。
 へっと、公輝が笑った。
「びびって万引きもできなかったいい子ちゃんが、なに粋がっちゃってんの。やれるもんならやってみろよ」
「できるよ。この話は、私にとっても、大事な話だから」
 反論がくると思わなかったのか、公輝は空いた手でバンとカウンターを叩き、涼子を睨む。涼子がその視線をきちんと受け止めているのは、横にいるぼくにも伝わってくる。相当無理をして、自分を奮い立たせているであろうことも。
「ちっ」
 公輝はナイフを、カウンターの上に置いた。助かったとも思わなかったし、ほっともしなかった。スクリーンの映像を見ているみたいだった。
「その傷をつけたのは、川崎さんだ」
 ぼくは脱線した話を、レールに戻す。
「この店には、武器に使えるものが色々ある。川崎さんはこういうものを集めるのが好きだった。涼子が持ってる防犯スプレーも、君が持っていたポケットナイフやサバイバルナイフも、そのひとつだ」
「だからなんなんだよ」
「郷原さんはずっと、川崎さんと一緒に商売をしていた。でも、何年か前に突然なかたがいして、川崎さんを暴行した。その理由は、レナさんですら教えてもらえてない。郷原さんは仕事をなくして、そのあとに詐欺の受け子をするくらい、お金に困ることになった。ふたりの間に、何があったんだろう」
 ぼくは公輝の右手を指差した。
「その傷が、原因なんじゃないの?」
 公輝は、ちっと舌打ちをする。
「間違ってたら言ってほしい。川崎さんは武器を集めるのが好きで、それを使いたがる人だった。実際に、レナさんが、川崎さんにエアガンで撃たせてくれと頼まれたそうだし、猫や子供を撃ってたという噂もある。そして君も、頼まれたんだ。ナイフの切れ味を、
 ちっと舌打ちをする。それ以外に、現実への対処方法が判らないというみたいに。
「川崎さんは君に頼んだんだ。ナイフで身体を傷つけさせてほしいって。もちろん、ただじゃなかっただろう。君は依頼を吞んで、お金と引き換えに、川崎さんに傷をつけられた」
 ちっ。その音が、心なしか弱くなっていく。
「郷原さんはそれに気づいたんだ。だから川崎さんに暴行を働いて縁を切った。でも、川崎さんは、武器を使うことがやめられなかったんじゃないの?」
 公輝の目を、正面から見つめた。
「一ヵ月くらい前、君は荒川にいなかったかい?」
 公輝の表情が、ぴくりと変わった。苛立ちの中に、少し、怯えが混ざった気がした。
「君が川の中に入っているとき、ひとりの女の子が飛び込んできた。違う?」
 公輝は舌打ちすらしなかった。石像のようになって、ただ嵐が過ぎるのを待っている。
 冷たくて黒いものが、ぼくの中で膨らんでいくのを感じる。
 知らない感情だった。怒りみたいだったし、絶望みたいだった。目の前のこの子を含めて、この世界そのものをめちゃくちゃに壊してしまいたい。自分の中に、こんなものがあったのか。
「君は、川崎さんに言われていたんだ。川に入れって」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよ。川崎にいじめられてたってこと?」
「違う。君みたいな子が、黙ってやられるわけがない」
 ぼくの脳裏に、カラフルな色が浮かんでいた。
「君は、だったんだ」
 何を言っているか判らないというみたいに、鼻を鳴らす。
「ルアーっていうのは、釣りで使う道具だよ。ぼくの父さんは釣りが趣味で、派手なルアーもたくさん持ってる。君はあの夜、川の中でルアーになったんだ」
「おい、さっきから何言ってんだよ。意味判んねえよ」
「ルアーは魚をおびきだすためにある。君は、サイクリングロードを走る人を、おびき寄せるために、溺れたふりをしていたんだ」
 公輝は苛立ちを見せたまま、また黙ってしまう。彼の無反応を餌に、冷たくて黒いものは、ぼくの中でどんどん膨らんでいく。
「あのサイクリングロードは、まっすぐに道が延びている。君たちは自転車のライトがくるのを見張っていたんだ。そして、灯りが見えたら、川崎さんは隠れ、君は川に入って叫び声を上げる。ちょうどサイクリングロードに届くくらいのボリュームを、計算して。あの晩、河原では一時間以上も子供の叫び声がしていた。君は川に、出たり入ったりしていたんだ」
「だから、俺がなんでそんなことしなきゃいけないんだ」
「さっきも言った。武器を、試したかったからだよ」
 冷たくて黒いものが、また少し膨らむ。
「川崎さんは、新しい武器を試したかった。でも、それを使うのは、難しかったんだ。そこで、ひとつの計画を練り、君を引き込んだ。金のために自分の身体を差しだしてくれた、君を」
 その武器は。
「スタンガン、だろ?」
 公輝は、完全に無表情になった。仮面のような顔になり、ぼくをじっと見つめる。
 スタンガンを使ったことなんか、もちろんない。でも、その存在は知っている。さっきYouTube で、スタンガンを使うとどうなるかを見てきた。
 スタンガンを使うと、バチバチと火花がはじける音がするのだ。
 
 隣にいる涼子の呼吸が、いつの間にか荒くなっていた。そんなこともどうでもいいくらい、心のしんが冷えている。涼子がスプレーで公輝を傷つけたいなら、好きにすればいい。投げやりな感情がぼくを支配していた。
「あの夜、あの河原で起こったことはこうだよ。川崎さんは、新しく手に入れたスタンガンを使ってみたかった。でも、エアガンとは違って、スタンガンは人に近づいて使う武器だから、簡単には使えない。君を実験台にしたりして、もし傷が残ったりしたら、また郷原さんに襲われる。そこで、計画を考えたんだ。ターゲットを、ひと気のない暗いところにおびき寄せて、そこで襲う。君は、そのためのルアーだった」
 冷えきった心で続ける。
「君は川に入って助けを呼び、きた人を川崎さんが暗がりから襲う。これが計画だったんだ。かなわなそうな男性がきたら、襲うのをやめて君を助けさせる。抵抗されてもなんとかできそうな相手なら、そのまま襲う。暗がりだから、川崎さんの姿は判らなかっただろう。問題は、君が被害者に目撃されることだ。それを防ぐために、君は変装しなければならなかった。どうせなら、闇夜で目立つやつがいい。だから君は、茶髪のウィッグをつけた」
 真夜があの日女の子を見たのは、そのためだったのだ。
 そして、ルアーに引かれてやってきた人間は、敵わなそうな男性じゃなかった。
 中学二年生の、運動神経の悪い少女だった。
 あの晩何が起こったのか、ぼくは細かく空想できる。
 子供の声が聞こえて、真夜は川に向かって走りだす。の姿を見た真夜は、正義感に駆られて、全力疾走をした。
 あの河原には、川沿いに茂みがあった。川崎が隠れていたのは、そこだろう。真夜が川に近づいたところで、茂みに隠れていた川崎が飛びだし、真夜にスタンガンを当てようとした。枝が折れるような音が聞こえたというのは、そのときの音だったのだ。
 そのスタンガンが、真夜の身体に触れたのかどうかはよく判らない。真夜が勝手にバランスを崩した可能性もあるし、服の上からあたってあとが残らなかっただけかもしれない。パニックになっていた真夜本人に聞いても、判らないだろう。とにかく、真夜は冷たい川に転落した。
 そして、死んだ。
 溺れていた子を助けたわけじゃない。虐待されていた子供を助けたわけでもない。くだらない連中のくだらない遊びに巻き込まれて、何の意義もなく、ただ無駄に、無意味に──真夜は死んだんだ。

#35へつづく
◎後編の全文は「カドブンノベル」2020年9月号でお楽しみいただけます!


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