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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.36

遣唐使・井真成に降りかかる数々の試練。 旅に出た真成一行の行く手にあるものは? 夢枕獏「蠱毒の城――⽉の船――」#103〈後編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。

>>前編を読む

     (五)

 めいは、この常羊の地に残る刑天と軒轅の因縁のかいつまんだところを、ひと通り物語し終えた。
『山海経』の一部については、すでにしんせいも知るところであったが、初めて耳にする話も多かった。
 そのふたりの戦いの地が、まさにこの常羊の地であったというのも、今、初めて知ったことであった。
 興味深いところも幾つかあったが、問題は、今耳にした物語のどこからどこまでが、実際のできごとに近いのか、その見当がつきかねるところであった。
 まさか、全てが本当にあったことではないのであろうが、全部が噓とも思われない。蚩尤や刑天が巨人族で、軒轅と刑天が天界で戦をしてこの地に落ち、首を落とされた刑天が、首をさがして手さぐりしたおり、山が崩れ、大木が根こそぎ倒れたというところには、多くの誇張が含まれていることであろう。
 先の話には、誇張も噓も真実も、混ざりあっているに違いない。
 むしろ誇張の方が、多いとも思われる。
 しかしながら、首を斬り落とされた刑天が、生きてまだ動いていたというあたりは、本当であるかもしれないと思っている。
 真成自身が、首の失くなったせんえんの身体が動くところを見、この一年で、様々の不思議なことを見てきているのである。
 鳴花が、軒轅剣と呼んだ、自分の背に負われているこのざんけんで、自分は、実際に岩山を斬り割っているのである。
「興味深い話だった……」
 正直に、真成は言った。
「わたしたち姜一族は、神農、蚩尤、刑天、それから太公望呂尚たちの血を引いているのよ。彼らは、わたしたちの先祖なの──」
 今しがたの話に、付け加えるように、鳴花は答えた。
 確かに、神農も、蚩尤も、刑天も、太公望も、この地に生まれた者たちである。
 そのことが、史書に残されているというのは、真成にもわかる。
 今、ふたりは石の橋の上だ。
「それでも、まだ、おれに隠していることが、随分とあるんだろうな……」
 足元の水面を眺めながら、真成はつぶやいた。
 まだ、自分は、しゆんたちとこの姜一族の連中との関係を知らされていないのだ。
 杜子春たちと、姜一族は、この地でいったい何をしようとしているのか。それに、自分はどう関わっているのか──
「もちろん、あるわ」
「何故、それを隠す?」
「わたしたちが知っていることを、あなたにこれ以上教えたところで、あなたがはりを捜す手助けにはならないと思うからよ。何もかも、あなたに話していいわけじゃない」
「何のために、太公望の鉤を捜してるんだ?」
「それは、言えないことのひとつね」
「ふうん」
「わたしたちは、もっと大きなことのために、太公望の鉤を捜しているの。そのために、二十年かけて、指南車を見つけだしたの。それが二年前。あとは、鉤──」
「もっと大きなこと、というのは?」
「言えないわ。けれど、その鉤が、何でできているかは、教えてあげられるわ」
「何でできているんだ」
 真成は、顔をあげて、鳴花を見た。
 鳴花と、眼が合った。
「太公望が、この地で釣りをしていた時の鉤はね、骨でできているの」
「骨⁉」
「何の骨だと思う」
 焦らすのを楽しんでいるのか、鳴花の眼が微かに笑っている。
「知らん」
「刑天の骨よ」
「何⁉」
「黄帝軒轅が、刑天を倒した──その時の骨よ」
「な……」
「教えてあげられるのは、ここまでよ。その先が知りたければ、考えることね。さもなくば……」
「さもなくば?」
「実際に、太公望の鉤を手に入れることよ。そうすれば、自然にわかるわ」
「しかし、捜そうにも、おれには手掛りがない」
「言ったでしょう。動いているうちに、向こうから、あなたに近づいてくる……」
「おれが、この剣を持っているからか?」
「そう。その剣が、刑天の首を落とした剣だから──」
 そうか。
 そうなのか。
 この破山剣は、数千年前、軒轅の所有していた剣で、あの常羊山をふたつに割り、刑天の首を斬った剣なのか。
 なんという、途方もないことを、この女は言うのか。
 真成は、言葉もない。
「今夜は、ここに泊まってゆくといいわ。それから、明日は、一緒に常羊山までゆきましょう。何かが起こるものなら、その時に起こるでしょう──」
 鳴花の眼は、まだ笑っていた。

(つづく)


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