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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.6

【連載第6回】河﨑秋子の羊飼い日記「おいだせ! どうぶつは森に!」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第5回】 チーズ屋のジレンマ

 長い冬もようやく終わり、ここ北の大地にも春の兆しがみえてきました(卒業式風に)。しかし我々農家の戦いはこれからなのである。
 牧草畑を覆う雪がとけ、茶色い枯草の間から新芽が見え始める頃、奴らはやってくる。北海道で番長をヒグマとするならば、裏番長はこいつで間違いないという影の暴君(仮)、エゾシカだ。
 奴らは芽生えたての牧草と柔らかい根を文字通りに根こそぎ食べてしまう。そして、被害に遭った牧草はその後いくら気候と栄養に恵まれても生育は悪くなる。酪農家には大打撃だ。いくら見た目が愛らしくとも、そんなフレンズは愛せない。
 自然を愛する方からは、「もともと野生の王国だった場所に人間が入りこんだのだから我慢しろ」という意見もあるだろう。はい本質は仰る通りです。だが実際、現場では数億円規模の被害が発生し、農家の懐がキリキリ痛んでいるのだ。経営難は離農への確かな第一歩。今以上に酪農家の戸数減少が進めばどうなるか、ご想像頂きたい。
 北海道の牛乳は一部飲用になる他は、多くが加工原料乳としてバター・脱脂粉乳や生クリームになる。つまり、道内の生乳生産量が落ち込めば、即、日本全体の菓子原料不足に繋がる。過去、店頭からバターが消えた際の騒動を思い出してほしい。あれが再び起これば、スウィーツやインスタ映えするカフェメニューの危機である。
俺甘いもの好きじゃないしー、という男性陣もどうぞご傾聴願いたい。世の中から乳脂肪たっぷりの甘味が消えたら、職場や家庭であなたを取り巻く女性陣のストレス値がどうなるのかを。そしてその飢えを、果たしてあなたは補填できるであろうか…?
 あえて極端な例を端的に挙げたが、農業の現場と人の生活は結局どこかで繋がっている。動物と人と家畜が仲良く共存、というのが難しい現状では、うまく棲み分けの道を探さねばならない。
 ひとまず森にお帰り頂くのがベストだろうとは思うのだが、シカ侵入防止柵の料金表を見ては頭を抱える日々だ。棲み分けもどうして楽じゃない。

 
 
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊めんようを飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。2014年『颶風ぐふうの王』三浦綾子文学賞受賞。翌年7月『颶風の王』株式会社KADOKAWAより単行本刊行(2015年度JRA賞馬事文化賞受賞)。


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