シリアスな東野作品しか知らない人はきっと驚く「衝撃の笑劇」! 東野圭吾の11作品、怒濤のレビュー企画⑪『超・殺人事件』
全部読んだか? 東野圭吾

全部読んだか? 東野圭吾――第11回『超・殺人事件』
数ある東野圭吾作品。たくさん読んだという方にも、きっとまだ新しい出会いがあります。
『超・殺人事件』刊行に合わせ、角川文庫の11作すべてのレビューを掲載!
(評者:西上心太 / 書評家)
◎試し読みはこちら。または、ページ下部の「おすすめ記事」からどうぞ(2/29まで 期間限定公開です)
本書は2001年に新潮社の叢書〈新潮エンターテインメント倶楽部SS〉から刊行されたのち、2004年に同社で文庫化、このたびKADOKAWAより再文庫化された短編集である。
シリアスな東野作品しか読んだ経験のない読者はきっと驚かれるに違いない。「衝撃の笑劇」などという、下手なダジャレがぴったりのコミカルな作品集であるからだ。実は本書と対になる作品がある。それが1996年に刊行された『名探偵の掟』である。
この作品は名探偵・天下一大五郎と、古い探偵小説にありがちな間抜けな刑事役を演じなければならない、引き立て役の大河原警部のコンビが登場する連作である。密室、ダイイング・メッセージ、時刻表トリックなど、本格ミステリーで幾度となく使われてきた趣向を笑いのめしたパロディ集なのである。
「しゃれで書いた『脇役の憂鬱』というショートストーリーがやけにうけたので、悪のりして『密室宣言』を書いたら、もっとうけてしまった。特に有栖川有栖さんや北村薫さんにパーティ会場で褒めてもらえたので、変に自信を持ってしまい、次々と書くことになった」(『たぶん最後の御挨拶』)とある。作家仲間だけでなくマニアックな読者にもうけたのだろう、「このミステリーがすごい!」’97年版では3位に入っている。東野作品が「このミス」ベストテン入りしたのはこれが初めてだった、というのにもびっくりするが。
とはいえシリアスな自信作が今ひとつ評価されず、手すさびといっては言いすぎかもしれないが、本格ミステリーを笑いのめした作品がうけたことに対して忸怩たる思いがあるようだ。この作品は同じ年に出した自信作『悪意』を差し置いて、とある文学賞の候補となり、翌年の選考会で「ボロカスにいわれて落選」したのだった……。東野圭吾苦闘の時代である。
さて、『名探偵の掟』が本格ミステリーで使われる趣向を笑いのめしたのに対し、本書『超・殺人事件』が俎上に載せるのはミステリーに関わる作家、編集者、書評家たちなのである。ちなみにこちらも「このミス」2002年版で5位に入っている。
前年に収入が多かった作家が、納税額の高さに驚き、海外旅行や高価な買い物に使った金を経費として税務署に認めてもらえるように、ストーリーのつじつまを無視して連載中の小説の中に取り込んでいく「超税金対策殺人事件」。
難解な科学理論がくり広げられる作品を、理系を自認する読者が読み進めていくと、思わぬ罠が待っている「超理系殺人事件」。
新作を餌に、解決が思いつかないまま書き進めた小説のトリックを、犯人当て小説と称して編集者達に考えさせる「超犯人当て小説殺人事件」。
高齢の作家の原稿を、やはり高齢の編集者が手直しし、同じく高齢の読者が気にせずに読むという、読書社会の黄昏を描いた「超高齢化社会殺人事件」。
連載中の小説に書いたとおりに、現実でも同じ職業の女性が殺され、注目を集める作家が登場する「超予告小説殺人事件」。
とにかく長くて本が厚ければいいのだ、という大作主義が行き着く先を皮肉った「超長編小説殺人事件」。
残り五枚で解決編を書かなければならない作家の苦悩を描いた「魔風館殺人事件(超最終回・ラスト五枚)」。
小説の要約はもちろん、おべんちゃら書評から酷評書評まで、自動的に書評を書いてくれる機械ショヒョックスが巻き起こす業界の悲喜劇を描いた「超読書機械殺人事件」。
以上8編。自虐ネタも含め、出版業界(特にミステリー)の人々を俎上に載せて笑いのめす愉快で、ちょっと寒気もする作品集だ。
発表当時は長くて厚い本が多かったこととか、出版部数やベストセラーの基準(いまはこんなに多くない!)など、現在の状況との違いを感じることができたのは、ちょっとしたおまけだった。
▼『超・殺人事件』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000274/