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連載

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」 vol.4

特別捜査本部が立ち上がるなか、息子のインフルエンザの対応にも追われる新井琴音警部。夫は夜の新宿へ繰り出した。吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」#1-4

吉川英梨「新宿特別区警察署 Lの捜査官」

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 帰宅の電車で座れても、バスの座席で座っていても、琴音の足は走り出したい衝動に駆られる。
 虎太郎を早く自宅のベッドで寝かせてやりたい。ほてった額を冷やしてやりたい。発熱して汗をかいた体を拭いてやりたい。おかゆを食べさせてあげたい。咳で痛む喉を、はちみつで潤してやりたい。
 バス停から自宅まで走る。玄関で車のキーだけ取って、家を出た。
 隣のまつ市の住宅街に向かう。『武内』という表札の出た家の前で、車を停めた。インターホンを押す。はい、と真澄が返答した。
「ごめんなさい、琴音です」
 今日、百二十五回目の謝罪。署を出る前に、村下課長、見留署長、副署長、本部六係長警部、美濃部管理官それぞれに頭を下げてきた。
 ひと昔前まで、捜査本部が立てば捜査員は泊まり込みが当然だった。いまでもそういう刑事はたくさんいる。幹部はもっとひどい。事件が解決するまで半年以上自宅に帰らない者もいる。
 だが琴音は、即日帰宅だ。
 当該所轄署の当該部署の幹部が初日に自宅に帰るなど『警視庁史上初』かもしれない。
 扉を開けたのは、まだ幼稚園児のおいっ子だった。「琴ちゃんだー」と恥ずかしそうに逃げていく。
 真澄は洗い物をしていた。
「真澄さんホント、ごめんなさい。ご迷惑をかけました」
 百二十六回目。
「敦は?」
「連絡つかなくて。ほんと、すいません」
 百二十七回目。
「敦は史上最低のバカ夫だね」
 出た。〝史上最低のバカ夫〟を生涯の伴侶に選んだ琴音の立場までは思い及ばないらしい。もしくは、琴音を攻撃したいがための言葉なのか。
 リビングで小四の次男坊が叫び声をあげる。ゲームのコントローラーを投げ出し、大の字に転がる。横で虎太郎が笑っていた。
「虎太郎! マスクちゃんとしておきなさい!」
 虎太郎は顎にマスクをかけた状態で、と密着してゲームをしていた。この家の六年生の長男が二階から下りてきた。「うるさくて勉強できない」とぼやく。琴音は虎太郎を叱った。
「寝てなくて大丈夫なの? ゲームなんてダメじゃない!」
 真澄が食器を乱暴に扱う音がした。彼女の怒りを感じ取ってしまう。
「解熱剤が効いてるみたい。昼過ぎからずっとこの調子。家でひとりで留守番できるよね」
「すみません。タミフル飲ませているので、医者から目を離さないようにと……」
 百二十八回目の謝罪をし、虎太郎を叱った。
「マスクつけなさい! みんなにうつったらどうするの」
 病気の我が子に鞭打つようなことを言ってしまう。本当は「ママが看病してやれなくてごめんね」と抱きしめたいのに。
 逃げるように真澄の家を出た。
「おやすみなさい、ほんと、申し訳なかったです」
 百二十九回目。新記録樹立だ。

 解熱剤がよく効いたようで、虎太郎はすぐ眠りについた。寝息が聞こえてきてほっとした直後、敦が帰宅してきた。怒りに火がつくタイミングだ。
「ただいま~」
 ひようひようとした声音にまた憎悪が湧く。敦はジャケットとネクタイを取るとそそくさとシャワーを浴びに行った。逃げている。殺意を覚えた。
 夫婦げんをしている暇はない。琴音はタウンページやネットのベビーシッターサイトを片手に、電話をかけ続ける。二十二時を過ぎたので、つながらないところが多い。
 敦が濡れた髪を拭きながら脱衣所から出てきた。
「明日の子守が見つからないよ」
 琴音は訴えた。
「え、熱下がったんだろ。姉貴から聞いたよ」
「解熱剤で一時的に下がっただけ。しかもインフルだよ。出席停止六日間。明日以降五日間は学校も学童も利用できない」
「病児保育は」
「十六日からしか予約いれられなかった」
「シッターさんは?」
「明日は急すぎるって。いまネットでも探してるんだけど──」
「やめとけよネットは。どこの馬の骨かわかんないやつに大事な息子を託せるかよ」
「じゃあなたが休んでよ」
「無理。もうすぐ送検だよ。いま取調べ、山場だ」
「今日誰を張り込みしてたのよ、犯人逮捕してるのに」
「捜査に関することは互いに口を出さない。結婚前に約束しただろ」
「木島さんには話すのに?」
「刑事の先輩だよ。捜査の相談くらいする」
 あ、と敦が人懐っこい笑顔を琴音に見せた。
「今日、捜本でブチ切れたんだって? 琴ちゃんすげー怖くなってるって、木島さん苦笑いしてたぜ」
 いま気が付いた。アルコールのにおいがする。
「まさか、木島さんと飲んでたの」
「断ったんだよ。琴、忙しいだろうなと思って。夕飯のときビール一杯飲んだだけだよ」
 気が利くだろと言わんばかりだ。
「いいね。私はまだ夕飯すら食べてない」
「だろー? 作れないと思って、外で食ってきたんだ」
 外で済ませてきたから感謝しろということか。
「私は朝も昼もまともに食べてない。コーヒーと軽食を口に押し込んだだけ」
「体に悪いよ~。ちゃんと食べないと」
 敦が隣をすり抜けようとした。
「あのさ……!」
 低い声になった。吐息が震える。敦はぴたりと、足を止めた。
「私、今日、虎太郎のことで百二十九回謝った」
 敦は黙り込んだ。
「同じ親であるはずのあなたは今日、どれだけ頭を下げた?」
 敦がため息をついた。肩越しに言う。
「わかったよ。明日は俺が休む」

 疲れているのに、寝付けない。扉の隙間から、階段の明かりが漏れる。敦がなかなか夫婦の寝室に来ない。明日、夫に仕事を休ませてしまう。申し訳ないという気持ちが膨らみ、苦しい。つい一時間前には殺意が湧くほど憎んでいたのに、いまは感謝を通り過ぎて自己嫌悪だ。何度も寝返りを打ったあと、スマホを見た。午前〇時を過ぎたところだった。
 お腹がいているから寝られないのかもしれない。起き上がり、廊下に出た。敦の声が聞こえてきた。ハンズフリーで電話をしている。足音を忍ばせて階段を下りた。
「酒誘っても、子供がいるし妻も忙しいからって断りまくってよ。そういう席でお前が刑事として学べないこと、失うものが相当あるということを、自覚すべきじゃないのか」
 上司と通話しているのだろうか。琴音はリビングの扉をそっと開けた。敦は床にあぐらをかき、ワイシャツにアイロンをかけていた。
「はあ……でも他に本当に、どうやっても子守が見つからなくて」
「嫁に強く言えねぇのかよお前は。階級が上だからって、家庭では男が上だろ」
「いや、そういう時代じゃ」
「時代は関係ない! 警察官っていうのはそうあるべきなんだよ!」
 ボタンを持ちあげた指先にアイロンが触れたのか、あちっ、と指を振る。
「あち、じゃねぇよ。ホンボシほったらかしでガキにおかゆでも作ってんのかよ。もういい。取調べはお前の後輩に任せるからな。もうお前の出る幕はねぇや」
 上司がダメ押しする。
「明日ホンボシをいよいよ落とせるぞというタイミングで、息子がインフルなんですぅ~って平気な顔して休むような刑事は、幹部には推薦できない。今年の夏も警部昇任試験を受けるつもりだろうが、無駄無駄」
 電話の向こうで、鼻で笑う声がした。
「お前はそうやって、嫁が警部で居続けるために、永遠に警部補どまりってわけだ」

 新井敦は終電に乗り、新宿三丁目に出てきた。
 もう深夜一時だ。始発に乗って駅からタクシーを使えば、六時前には自宅に帰れる。
 妻の琴音は、虎太郎のベッドで寝ていた。「ちょっと出たい」と言ったら、あっさり許された。インフルエンザがうつるんじゃないのと心配してやったのに「うつった方がまし」という答えが返ってきた。
 俺への当てつけか?
 飲んだくれないとやってられない。木島に電話をしたら「来い来い絶対来い」と大歓迎だ。新宿二丁目のショーパブ『新宿十字軍』にいるという。二丁目の中心地から外れた、じようかくの墓地のすぐ脇にある。
 新宿にはゴールデン街をはじめ、バラックかと思うような店舗や、昭和を感じる建物が無数に残っている。『新宿十字軍』も、戦後すぐに建てられたビルの中にあるようだ。タイル張りに太い柱が二本立つアーチ形の入口は赤線時代のカフェーをほう彿ふつとさせる。中に入る店舗は全て、ゲイバーらしい。二階以上の各窓に、店名を記した看板が並ぶ。色とりどりのネオンサインが光り、けばけばしい。二階以上はワンフロアに数店舗入っているようだが、『新宿十字軍』は地下一階を占めている。二丁目屈指のショーパブになっている。
 一階にはなにがあるのか、シャッターが閉まっていてよくわからない。小さな入り口に、行列ができていた。『ZERO』と看板が出ている。シャッターにはイベント告知のフライヤーが三十枚ほど、貼られている。オードリー・ヘプバーンやジェームス・ディーンなど、往年の海外スターの顔写真がコラージュされている。建物の雰囲気もレトロなだけに、昭和モダン時代にタイムスリップしたような気になる。
 列に並び、身分証の提示をしている客の中には、マリリン・モンローみたいなコスプレをした者がいた。顔は男だった。連れの男性は、ピチピチのストレッチシャツの上から、筋肉の筋が見える。コートを着ないのか。
 敦は地下階段を駆け下りた。ガラスの扉と、防火扉を抜けた途端、ミラーボールと洋楽の爆音、客のきようせいに包まれた。異世界だ。
 妻の小言も上司の雷も全部忘れて、今晩は楽しむ。
「いらっしゃぁい~! いい男一名さま、来店よー!」
 店内はディスコクラブのような装いだ。銀色のボディコンスーツに真っ赤なマントを羽織る女装した男が、腰をくねらせて踊る。ブラック・アイド・ピーズの古い曲がかかっている。ファーギーになり切ったドラァグクイーンが、リップシンクで『マイ・ハンプス』を披露する。私のでっぱり──胸とお尻、という意味の曲で、その膨らみを強調するかのように踊る。バックダンサーにはゴーゴーボーイをはべらせていた。上半身裸のマッチョな男たちだ。左右の胸筋を自由自在に動かし、観客の大歓声を浴びる。
 客席は騒然としている。ショーを手拍子しながら楽しむ客、テーブルを囲んで話し込む客、宴会をしているように見えるうるさい団体、様々だ。
 口紅をつけたボーイが案内しようとする。待ち合わせだと答え、店内を見回す。木島はステージの目の前の席にいながら、背を向けて座る。隣の女と夢中で話している。
 木島が女連れとは珍しい。二十五歳で結婚し、二人の子供たちはとっくに自立している。愛妻家で不倫などしたことはないはずだが、たまに風俗で発散はするらしい。敦が理想とする〝男の道〟を歩む先輩だ。
 隣の美女に目をやる。
 吊り上がった大きな猫目が印象的だ。カクテルをしっとり飲むのが似合いそうなのに、無邪気にアイスクリームを食べている。木島はたまに指先で、女の唇からはみ出たアイスクリームを拭ってやっていた。どこかのキャバクラの子を同伴で連れてきたのか。
「先輩! 珍しいっすね。かわいこちゃんつけちゃってー」
 早く飲んで日常から解放されたい。敦はテンションを一気にあげようと、テーブルに着くなり女の太腿を触ってみせた。ビンタが飛んできて、びっくりする。
「触んなよお前、誰!」
 言葉遣いもとんがっている。木島が肩を揺らして笑った。敦は謝る。
「あ……すいません。木島さんの後輩で」
 女が木島を睨んだ。
「連れ呼ぶならそう言ってよね」
 女は木島のワイシャツの上から、その乳首を摑むようにしてひねった。いててて、と木島は言う。嬉しそうだ。
「お前、男だからっておっぱい触っていいと思うなよ。お前のもんでやるぞ」
「揉めるもんなら揉んでみなよ。上司署長すっ飛ばして監察に訴えてやるから」
 敦はぎょっとした。
「えっ。もしかして、同業!?」
 女は敦に一瞥をくれただけで、名刺をテーブルに叩きつけた。
 警視庁新宿特別区警察署、刑事課強行犯係、巡査長 堂原六花。
 敦はがっくりした。
「ちょっとよしてくださいよ。こんなとこまできてカミさんの部下と一緒って」
「俺だって琴ちゃんの部下だよ」
「いやいや、木島さんは僕にとっては先輩、仲人までやってくれた人ですよ。でも僕とこの人、直接関係ないんで」
 六花は目を白黒させて、珍しそうに敦を見た。
「えーっ。もしかして、お姉さんの旦那?」
 上司のことをそんな風に呼ぶか。そもそも──と、視線を下に下ろす。アディダスの真っ赤なジャージを着ている。ジッパーを胸の下までおろしていた。胸元が大きく開いたキャミソールを着ていた。谷間までは見えないが、膨らみは見える。下は黒のタイトスカートにロングブーツという恰好だった。
「君はその服装、潜入捜査かなにか?」
 木島は手を叩いて笑い出した。
「ちょっとイイトコ見てみたい……!」
 店の奥から、若者があおる声と手拍子が聞こえてくる。スーツを着た若い男がジョッキビールを一気飲みしている。振袖やドレスを着た若い女たちもいる。新成人だろう。たばこと酒と夜遊びを心おきなく楽しんでいる。敦は口紅のボーイにビールを注文し、その場で席料を払う。
「ていうか特捜本部立ってんのにそんなに飲んじゃって大丈夫なんですか、木島さん」
「これも捜査だよばかたれ」
「どこがっすか。泥酔して、部下の体べたべた触って」
「六花はいいんだよ! 六花はな、俺にとっちゃ家族だ、大事なひとり娘みたいなもんだ。どんな男にも指一本触れさせねぇぞ!」
「あんたが一番私に触ってるけどね」
 六花の冷めた言葉に、木島は目尻を下げた。
「そう? だってかわいいんだもん、お前」
 木島は六花のショートカットの頭をこねくり回すようにしてでた。六花は迷惑そうだ。
「この人さ、明日から鳥取で越境捜査なの」
「え、鳥取? 砂漠じゃないっすか」
「砂丘だ、ばかやろう」
「まだホンボシ逃走中で管内に潜伏している可能性が高いのにさ。鳥取行きとはねー」
 あんたの奥さんの命令、と六花に耳打ちされる。敦はサーブされた生ビールを一気飲みし、抗議した。
「せっかく日常から解放されにきたのに、ここまできてカミさんの話、やめてよ」
 六花はにやっと笑い、つまみのナッツを口に入れた。
「あら。うまくいってないの?」
 上目遣いの目に、敦にこびを売るような色が見えた。
 ステージでは曲がクライマックスを迎えていた。レーザービームが扇形に広がる。絹のような光がゆっくりと降り注ぎ、六花の体を通過していく。ベールをまとったような神秘的な六花の姿にみとれる。
 木島が割り込んできた。六花の頭を両手でつかみ、強引に自分の方へ向かせた。
「おい六花! 俺を見ろ。お前、何度でも言うぞ。俺はお前が残念でならない。その体と美貌が女でしか消費されないなんてな、男としてこんなにむなしいことは……」
 ステージを下りたドラァグクイーンが、木島の背中に膝蹴りをお見舞いした。木島はのけぞった。
「はい木島チャン終了~!」
 ガードマン風の屈強な男が二人、やってきた。アジア系の太った男と、白人だった。
「ホモフォビアは追放よー!」
 ドラァグクイーンがマイクで仰々しく叫んだ。方々から笑い声が上がり、拳が付きあがる。やれやれやっちまえ、と。
 木島は椅子ごと持ち上げられ、退場となった。敦は慌ててコートを摑んだ。
「やべぇ、先輩だよ。俺も出るわ」
 六花に引き戻された。
「大丈夫、タクシー捕まえて乗せてやるまでが〝追放〟だから」
「それただの見送りじゃん。ていうか」
 この体と美貌が、女でしか消費されない、という木島の言葉──。木島は以前、部下にLGBTがいると話していた。扱いが大変そうだと言ったら「とんでもない、いつもあいつの手のひらで転がされている」と木島は照れたような顔をして笑っていたのだ。
「君、もしかして──」
 ステージの脇の小さな扉が開いた。カウボーイの恰好をしている。店員かと思って手を挙げた。人の性的指向など、酒を追加しないと、聞けない。
「いやだぁ~、素敵なお兄さんにナンパされたぁ!」
 カウボーイハットにウエスタンブーツを履いているのに、口調や仕草が女性っぽい。どうやら店員ではない。首をぶんぶん振る。カウボーイは六花に目を留めると、とたんに眉毛を八の字にして彼女に飛びついてきた。
「六花ー! ちょっと聞いてよ~!」
「ZEROから来たの? そこの通路使ったら怒られるよ」
 カウボーイが入ってきた扉を顎で指す。
「だってさぁ、今日のイベントのためにウエスタンブーツ新調したのに、ひどいの!」
 カウボーイは椅子をどこからか持ってきた。六花が敦に説明する。
「この上にZEROっていうイベントスペースがあるの」
「なんかレトロなチラシがべたべた貼ってあったけど?」
「そうそう、今日のイベントのテーマは世界名作映画劇場なんだって」
「クラッシック音楽で踊れるかぁ?」
 カウボーイが眉を上げる。
「意外や意外、さっきなんかジョーズのテーマ曲が流れて、大盛り上がりよ」
 敦は身を乗り出した。
「楽しそう。行ってみたいな」
「ブー。ノンケはだめ」
 六花の言葉に、カウボーイはつまらなそうな顔になって敦を見た。
「やだ。彼ノンケ? 残念すぎる~」
 太腿を撫でられた。敦は笑顔を見せながら、十センチほど椅子を六花の方に近づけた。
 舞台では派手なフリルの衣装を着たマッチョな男たちが、円を作る。中央に向かって一斉にコサックダンスを踊った。ステージの真ん中ではたわわな胸を揺らした女がポールに足を絡ませ、回転している。客の拍手が大きくなっていく。『パンプ・イット』だ。
「それにしても、なんで上のイベントスペースと地下のショーパブが秘密の通路で繫がってるの?」
 赤線だったころの名残、と六花は説明する。
「戦後は上がダンスホールで、この地下空間は細かく仕切られた売春部屋だったらしいの」
 カウボーイも身を乗り出す。
「他にもああいう秘密の地下階段がこの建物にはいくつかあったらしいね。改装で全部潰したらしいけど、舞台脇のあの通路だけは舞台装置の関係で壊せなかったとか、なんとか」
 昭和の男たちは夜な夜なダンスホールに集い、お気に入りの女の子を見つけたら下の部屋に連れて行って、体をむさぼる。羨ましい。
「売春防止法で赤線が廃止されてからも、こっそり営業してたらしいよ。上はヌードスタジオだった。下ではこっそり売春」
 バブルのころには暴力団が入ってきた。
「地下の仕切りを全部取っ払って、巨大な賭博場を作ったんだって」
 二〇〇〇年代の歌舞伎町クリーン作戦の影響で賭博場も一掃された。八年前、『新宿十字軍』がオープンしたのだ。
 カウボーイが話題を変えた。
「そんなことより人探しに協力して! 警察でしょ。マサトが行方不明なのよ」

#1-5へつづく
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