KADOKAWA Group
menu
menu

連載

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」 vol.32

【連載小説】久我医師の命が危ない――そう知った居酒屋の女将は、ついに口を開いて……。赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」#8-4

赤川次郎「三世代探偵団4 春風にめざめて」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「それは──」
「あの人も、いい加減なところはあるけど、悪い人じゃないんです」
「分ってます」
 と、有里は肯いて、「だから、マナさんを捜すのに力を借りたいんです」
「その子のことかどうか……。あったのは、あの人も分ってました」
 と、女性は言った。
「やっぱりここへ来たんですね」
 と、充代が言った。
「いつですか?」
 と、村上が訊く。
 女将は、深々と息をつくと、
「ゆうべです」
 と言った。「夜、店を閉めた後でした。前もって、『遅くなるが、行くから』と連絡をもらっていたので、待っていたんです」
「そのときには、どんな話を?」
「しばらく遠くへ行く、とだけ。どこへ行くとは言いませんでした」
「なぜ病院を捨ててまで旅に出るのか、言いませんでしたか」
「訊いても、『ちょっとわけがあって』としか……。私も気になりました。──ここでお酒を飲んで行くのは当然でしたが、そのときに、『今までのを払うよ』と言い出したんです。今まで、そんなことをしたこともないのに」
「お金を持ってた、ってことですね」
 と、有里が言った。
「ええ」
「いつも、をためてたんですか?」
 と、充代が訊くと、女将はちょっと笑って、
「払ったことなんか、ありませんでしたよ。少なくとも、ここ五、六年は」
「それじゃ……」
「こっちもお金を取る気になれなかった。古い友達同士って感じでね。あの人はいつも酔うと、『この前の分は払ったっけ?』って訊くんです。それで私も、『ちゃんといただいてますよ』って答えることにしてて」
「それが、昨日はお金を──」
「そうなんです。取り出した古ぼけた札入れに、お札が分厚く詰ってたのが見えました」
「それで、払って行ったんですか?」
「私、もうここへは帰ってこないつもりだなと思ったので、『じゃ、二万円もらいましょ』って言ったんです。そしたらあの人は三万円置いて行きました」
 女将は少し間を置いて、
「──どうなるんでしょう、あの人は」
 と言った。「いくらお金を持ってたと言っても、そうそう長くはもたないでしょう」
「危険だな」
 と、村上は言った。「むなかたが、口封じのために平気で人を殺す奴だってことははっきりしてる。久我さんも──」
「あの人が殺されると?」
「おそらく、一時的に遠くへ行かせておいて、ほとぼりがさめたころ、やるでしょう」
「そんな……」
 女将は青ざめた。「あの人を助けて下さい!」
「しかし、どこにいるかも分らなくては……」
「おそらく……。そう遠くない温泉旅館ですよ」
 と、女将は言った。「あの人は、慣れた場所にしかいられない人なんです」
「分りますね。年を取ると、たいていはいつも同じ辺りに出かけますから」
 と、村上は言った。「どこの温泉ですか?」
 女将がケータイを取り出して、
「──ここです」
 と、連絡先のリストを見せた。「その〈M〉っていう旅館」
「久我さんに連絡できないんですか?」
 と、有里が訊くと、
「できない、と言ってました。ケータイを使えないんだ、とも」
 村上と有里は顔を見合せた。
「それは、もしかしたら、久我さんを消そうとしてるのかもしれない」
 と、村上は言った。「旅館へ電話してみよう。年寄りの一人旅なら、分るかもしれない」
 村上がすぐにその旅館へケータイで電話した。
 しかし、それらしい客はいないという返事だったのだ。
「村上さん。まだ丸一日もたってないんだよ。これから旅館に入るのかもしれない」
「そうか! そうだな。ゆうべどこかに泊って、今日向うへ行くつもりなら……」
 村上は少し考えて、「──その旅館へ行ってみる。むろん、途中からも連絡を取りながら。ともかく、用心しろと言ってやれれば……」
「お願い。あの人を死なせないで下さい」
 と、女将が身をのり出して言った。
「行こう」
 有里たち三人は、その古ぼけた居酒屋を大急ぎで出たのだった。

▶#9-1へつづく
◎第 8 回全文は「小説 野性時代」第206号 2021年1月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第206号 2021年1月号

「小説 野性時代」第206号 2021年1月号


紹介した書籍

関連書籍

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年5月号

4月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年5月号

4月4日 発売

怪と幽

最新号
Vol.019

4月28日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP