物語は。
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『spring』恩田 陸(筑摩書房)
評者:吉田大助
恩田陸がバレエ小説の連載を始めたと耳にして、いよいよか、と感じたことをよく覚えている。『チョコレートコスモス』では演劇、『蜜蜂と遠雷』では音楽(ピアノ)とほぼ一〇年に一度のペースで舞台芸術を題材に取り上げ、プレイヤー視点から当該ジャンルの魅力を余すところなく記述してきた書き手だからだ。ただ、ついに完成し世に送り届けられた『spring』は、天才プレイヤーたちによる異能バトルものの様相を呈していた過去二作とは、だいぶ様子が違う。章ごとに語り手が変わる全四章は、天才バレエダンサーにして天才振付家・
第二章「Ⅱ 芽吹く」で選ばれた語り手は、春の叔父・
本作は何を描いている物語か。バレエの魅力はもちろん、舞台芸術全般が放つ魔力についての物語だ。舞台芸術は、表現者と観客が同じ空間と時間を共有しながら、目の前で作品が生成されていくという性質を持つ。良質な舞台芸術を鑑賞している時、それがどんなに悲劇的な演目であろうと、今自分がここにいること、生きていることを祝福されている感触がある。それを小説で表現するためには、過去作とは異なる観客視点の増量が不可欠だった。ある登場人物は言う。〈舞台の上のダンサーは、みんな観客の代わりに踊ってくれてるんだと思う。そもそも、舞台芸術全般がそうかもしれない。舞台の上で、役者や音楽家やダンサーは、観客の代わりに「生きてくれている」〉。その感触を表現するためにも作家は、全四章のうちの半分で観客視点を採用したのではないか。
そのような構成が採用されているからこそ、最終章「Ⅳ 春になる」における、第一章以来となるプレイヤー視点が効きに効いてくる。今自分がここにいること、生きていることを祝福されているのは、プレイヤーもまた同じである。それを知ることが、観客にとってのさらなる喜びに繫がっていく。なぜなら舞台上で踊っているのは、他ならぬ自分自身かもしれないからだ。
ゆうに二桁を超える豊富な作中作にも興奮させられた。小説は、小説では表現し得ないと思われることを表現することで、進化してきた歴史を持つ。その最先端の営みが、ここにある。
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(本記事は「小説 野性時代 2024年5月号」に掲載された内容を転載したものです)