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レビュー

今自分がここにいること、生きていることを祝福される感触——恩田 陸『spring』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
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『spring』恩田 陸(筑摩書房)

評者:吉田大助

 恩田陸がバレエ小説の連載を始めたと耳にして、いよいよか、と感じたことをよく覚えている。『チョコレートコスモス』では演劇、『蜜蜂と遠雷』では音楽(ピアノ)とほぼ一〇年に一度のペースで舞台芸術を題材に取り上げ、プレイヤー視点から当該ジャンルの魅力を余すところなく記述してきた書き手だからだ。ただ、ついに完成し世に送り届けられた『spring』は、天才プレイヤーたちによる異能バトルものの様相を呈していた過去二作とは、だいぶ様子が違う。章ごとに語り手が変わる全四章は、天才バレエダンサーにして天才振付家・よろずはるを軸に進む。第一章「Ⅰ 跳ねる」の語り手は、ダンサーのふかじゅんだ。彼は中学三年生の時、フランスの有名ダンスカンパニーが日本で開催したワークショップで春と出会った。のちに同級生であると判明する春が放つ、異様な雰囲気の描写でグッと惹き付けられる。語り手自身もダンサーとして抜きん出た才能の持ち主であるからこそ、春の個性や特別性(例えば〈両性具有的な美しさ〉)を敏感にキャッチできるのだ。ならばそこから、ワークショップ内で優劣を競い合うといった展開に雪崩なだれ込むかというと、そうは進まない。二人は中学卒業のタイミングで渡仏してバレエ学校に入り同じカンパニーの所属となり、純がバレエ団のプリンシパルに上がったお祝いとして、春はオリジナルの振付作品を提供し……と、〈互いに互いをスプリングボードにした〉切磋琢磨の日々が綴られていく。
 第二章「Ⅱ 芽吹く」で選ばれた語り手は、春の叔父・みのるだ。生粋の文化系で大学講師である稔は、春が八歳でバレエと出会い、その踊りで周囲を魅了していくプロセスを細大漏らさず目撃し続けてきた。自宅の書斎を開放し、春にさまざまな物語や芸術文化と触れ合う機会を与えた人物でもある。そして、稔はバレエ経験こそ皆無だが「見巧者」であり、独自の視点からバレエについて解析を重ねる。続く第三章「Ⅲ 湧き出す」は、数多くの作品で春とタッグを組んだ作曲家・滝澤たきざわななを語り手に据え、春がカンパニーの座付き振付家として手がけた作品歴が詳細に綴られる。七瀬はバレエ経験こそあるが、自分には向いていないと撤退した過去がある。彼女もまた「見巧者」であり、クリエイター視点かつ観客視点から、バレエという舞台芸術の魅力について語っている。
 本作は何を描いている物語か。バレエの魅力はもちろん、舞台芸術全般が放つ魔力についての物語だ。舞台芸術は、表現者と観客が同じ空間と時間を共有しながら、目の前で作品が生成されていくという性質を持つ。良質な舞台芸術を鑑賞している時、それがどんなに悲劇的な演目であろうと、今自分がここにいること、生きていることを祝福されている感触がある。それを小説で表現するためには、過去作とは異なる観客視点の増量が不可欠だった。ある登場人物は言う。〈舞台の上のダンサーは、みんな観客の代わりに踊ってくれてるんだと思う。そもそも、舞台芸術全般がそうかもしれない。舞台の上で、役者や音楽家やダンサーは、観客の代わりに「生きてくれている」〉。その感触を表現するためにも作家は、全四章のうちの半分で観客視点を採用したのではないか。
 そのような構成が採用されているからこそ、最終章「Ⅳ 春になる」における、第一章以来となるプレイヤー視点が効きに効いてくる。今自分がここにいること、生きていることを祝福されているのは、プレイヤーもまた同じである。それを知ることが、観客にとってのさらなる喜びに繫がっていく。なぜなら舞台上で踊っているのは、他ならぬ自分自身かもしれないからだ。
 ゆうに二桁を超える豊富な作中作にも興奮させられた。小説は、小説では表現し得ないと思われることを表現することで、進化してきた歴史を持つ。その最先端の営みが、ここにある。

あわせて読みたい

『アンソロジー 舞台!』
近藤史恵/笹原千波/白尾悠/雛倉さりえ/乾ルカ(創元文芸文庫)

2.5次元舞台、ミュージカル、ストレート・プレイ……。さまざまな舞台芸術を題材に据えた、全5編収録のアンソロジー。新鋭・笹原千波の短編「宝石さがし」のモチーフは、バレエ。駆け出しの振付家兼バレエダンサー・のソロ公演のために、衣装のデザインを手がけることになったデザイナーのいりめぐみが、初々しい美玖とのやりとりを通して自身の内なる「宝石」の存在に気づく。


『アンソロジー 舞台!』近藤史恵/笹原千波/白尾悠/雛倉さりえ/乾ルカ(創元文芸文庫)


(本記事は「小説 野性時代 2024年5月号」に掲載された内容を転載したものです)


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