乱歩の未完の傑作が完結!
犯人・密室・謎の記号の正体とその向こう側
『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』レビュー
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書評:千街晶之
著者の死去などの理由で未完となったミステリ小説に、他の作家が解決篇をつけた例は幾つか存在する。坂口安吾『復員殺人事件』(『樹のごときもの歩く』)を高木彬光が、小栗虫太郎『悪霊』を笹沢左保が、天藤真『日曜日は殺しの日』を草野唯雄が、北森鴻『邪馬台 蓮丈那智フィールドファイルⅣ』を浅野里沙子が完結させたケースが代表例だろう。
では、江戸川乱歩が1933年から雑誌「新青年」で連載を開始したものの、たった三回で中絶した『悪霊』の場合はどうだろうか。心霊学の愛好者たちのあいだで起きた密室殺人事件を、新聞記者の祖父江進一から友人の岩井坦へ送られた書簡のスタイルで綴った作品だが、大乱歩の作品に勝手に結末をつけるのは恐れ多いと見なされたからなのか、解決篇の試みは長いあいだなかった(かつて土屋隆夫が構想を練っていたものの、今日の目からは問題表現を含むため、執筆しても出版は困難と断念したという)。
ところが、2023年が乱歩デビュー百周年ということもあって、急に『悪霊』を完結させる試みが相次いだ。まず、2023年に今井K『江戸川乱歩『悪霊』〈完結版〉』が文芸社から上梓された。それに続く試みが、2024年に入って刊行された芦辺拓の『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』である。芦辺はこれまでに複数の乱歩パスティーシュや、「屋根裏の乱歩者」のように乱歩自身が登場する短篇、『怪人対名探偵』のように乱歩テイストが濃厚な作品を発表しており、『悪霊』完結篇の書き手として相応しい作家であることは間違いない。
『悪霊』という作品を書き継ぐのが難しいのは、乱歩が誰を犯人にするつもりだったのかはわかっているのに、被害者の複数の傷からの流血が奇妙な様相を呈した理由、土蔵の密室トリック、現場に残された図形の意味などは逆に手掛かりに乏しいからだ(何しろ連載三回分、ほんの序盤の部分しかないのだ)。伏線と思しき意味ありげな記述も多く、それらを全部回収しなければならないという点も挙げられる。
『乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび』は、それらに辻褄の合う説明を与えたというだけでも貴重な試みだが(特に、流血の様相の理由に関する説明は秀逸だ)、凝り性の著者はそこに敢えてもう一つの趣向を積み重ねてみせた。すなわち、乱歩が意気込んで執筆した筈の『悪霊』を放棄せざるを得なかった理由にまで踏み込んでいるのだ。
そのような趣向に挑んでいる以上、当然、作中には乱歩本人も登場する。乱歩が登場するフィクションといえば、小説に限定しても高木彬光「小説 江戸川乱歩」、斎藤栄『乱歩幻想譜』、島田荘司「乱歩の幻影」、山村正夫『霊界予告殺人』、歌野晶午『死体を買う男』、久世光彦『一九三四年冬―乱歩』、辻真先『江戸川乱歩の大推理』、柴田勝家『ヒト夜の永い夢』、柳川一『三人書房』等々が思い浮かぶし、昨今の漫画・ドラマ・アニメまで視野に入れれば枚挙に遑がない。いわば、ほぼフリー素材化しているというのが現状だが、そこは芦辺拓、乱歩の扱いにしたたかな一ひねりを加えている。
作中で提示された「乱歩が執筆を中断した理由」自体は予想できた読者もいる筈だが、ここで注目すべきは、それと関連した『悪霊』の真相の意外性だ(ミステリ評論家の新保博久から「あんな誰でも真相を知ってる小説の結末を今さら付けるんですか」と言われたという著者が、「果たしてそうか?」とミステリ作家としての意地を燃え立たせたであろうことは想像に難くない)。事件の真相のヒントは確かに乱歩のテキストにも記されている――誰もが見過ごしていた場所に。さて、貴方はその存在に気づいただろうか。
作品紹介
乱歩殺人事件――「悪霊」ふたたび
著者:芦辺 拓 著者:江戸川乱歩
発売日:2024年01月31日
乱歩の未完の傑作が完結! 犯人・密室・謎の記号の正体とその向こう側
江戸川乱歩のいわくつきの未完作「悪霊」
デビュー百年を越え、いま明かされる、犯人・蔵の密室・謎の記号の正体。
そして、なぜ本作が、未完となったのか――
乱歩の中絶作を、芦辺拓が書き継ぎ完結させる! そのうえ、物語は更なる仕掛けへ……。
1923年(大正12年)に「二銭銅貨」でデビューし、探偵小説という最先端の文学を日本の風土と言語空間に着地させた江戸川乱歩。満を持して1933年(昭和8年)に鳴り物入りで連載スタートした「悪霊」は、これまでの彼の作品と同様、傑作となるはずだった。
謎めいた犯罪記録の手紙を著者らしき人物が手に入れ、そこで語られるのは、美しき未亡人が不可思議な血痕をまとった凄惨な遺体となって蔵の2階で発見された密室殺人、現場で見つかった不可解な記号、怪しげな人物ばかりの降霊会の集い、そして新たに「又一人美しい人が死ぬ」という予告……。
期待満載で幕を開けたこの作品はしかし、連載3回ののち2度の休載を挟み、乱歩の「作者としての無力を告白」したお手上げ宣言で途絶した。
本書は、『大鞠家殺人事件』で日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を受賞した芦辺拓が、乱歩がぶちあげた謎を全て解き明かすと同時に、なぜ「悪霊」が未完になったかをも構築する超弩級ミステリである。
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