文字を書くことで生きる少年が出会った、この世界の災厄と密謀
『ネバーブルーの伝説』レビュー
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『ネバーブルーの伝説』
著者:日向理恵子
書評:荻原規子
語り手は十五歳の少年コボル。アスタリット星国国立図書館の写本士見習いだ。
巻頭に地図があり、アスタリットという国が、周辺に五つの小国を従えていることが示される。さらに、北の山脈を隔てて広大なヴァユ空国があり、アスタリットとヴァユの戦争終結から十七年後だという。
戦争による破壊で印刷設備を失い、写本士たちの任務は、「
こうした、地味で無害なポジションにいるコボルたちが、新たな「塵禍」にみまわれたメイトロン龍国の図書収集に向かったとき、事態が一変する。文化保存に誇りをもつ若い写本士たちが、メイトロンの地で、その理念をくつがえす真相に出くわすのだ。
コボルは喉が潰れて話すことができず、八歳で助け出される前の記憶がない。父母の顔を知らず、手話も習わず、ひたすら文字を書き覚えることで大きくなった。
そんなコボルが、人の死に絶えた王城で、生き残りの異形の子を見つける。大きな雨雲色の目と赤い尾をもった、六つか七つくらいの痩せこけた女の子は、声に出さない声でコボルに話しかけ、コボルもこの子とは声にならない会話をすることができた。
女の子はイオと名乗り、龍として生まれそこねたメイトロンの第一王女だという。コボルと親友ホリシイはイオをつれて逃げ、呪いの黒犬に追われるはめになり、イオを狩る人間にも襲われるという、苛酷な旅に身を投じる。
作品の読みどころは、自分は何者かを知らない若者たちが、生存も危うい情況に投げ出され、それでも前に進むことだろう。コボルたちは「塵禍」に遭い、写本士の意義も失っていく。イオは不思議な力を使える存在だが、この子も力強い導き手にはなれない。自分が死ねばメイトロンの国土を救えたと悲観し、新しい龍の卵が孵ることだけを願っている。だれもかれも自信や信念をもてず、大局が見えず、手探りの状態なのだ。
だが、終盤、コボルたちはメイトロンの守護獣たる龍に会うことができる。私が個人的に一番感動して読んだのは、この龍の描写だった。
作品世界は、おおむね西洋的に見えるが、異世界ファンタジー定番の中世社会ではない。写本士が写本に使うのは万年筆らしいし、軍隊は飛空艇を使って移動する。アスタリット上空に静止衛星らしき「名のない星」があることからも、単純な過去文明の世界ではないのがうかがえる。
その中で、メイトロン龍国の龍は、火を吐く西洋のドラゴンではなかった。皮膜の翼など必要なく飛ぶ、水神としての龍、ほっそりとしなやかな東洋の龍だった。雨を呼ぶ龍の美しさは必見といえる。
私は、映画「ホビット」もHBO「ゲーム・オブ・スローンズ」も好きではあるが、ドラゴンのCGだけはいつも不満だった。空を飛ぶ姿に神々しさを感じられないのだ。けれども、『ネバーブルーの伝説』に登場する、天気雨に輝き、かすかな雪の匂いのする、触れるとひんやりした龍を前にすると、日本人として受け継いだ尊い龍のイメージを、五感に感じることができたのだった。
作品紹介
ネバーブルーの伝説
著者 日向 理恵子
発売日:2023年07月21日
「火狩りの王」シリーズの著者が綴る、ペンとインクの冒険ファンタジー!
「書物に仕えることが僕たちの仕事だ。書き残そう。二度とまちがえないように」
アスタリット星国で写本士見習いとして働く15歳のコボル。
写本士の仕事は、数年に一度起きる災害“塵禍”や戦争で滅びた他国から本を救出して正確に書き写し、文化をつないでいくことだ。
コボルは塵禍に見舞われた隣国・メイトロン龍国へ、仲間たちと初の任務に赴く。
龍の伝説が残るメイトロン龍国を調査するうち、アスタリット星国が隠していた真実を知ってしまったコボルたちは、孤独な戦いへと身を投じることになるが――。
圧倒的なスケールと文学的モチーフで構築される
胸が高鳴る冒険ファンタジー、開幕!
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