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どす黒く膨れ上がる「正義」と、人間の「善なる部分」が交差する――川瀬七緒『四日間家族』レビュー【評者:吉田伸子】

現代家族社会を抉る、一気読み必至の犯罪小説
『四日間家族』レビュー

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四日間家族​

著者:川瀬七緒



どす黒く膨れ上がる「正義」と、人間の「善なる部分」が交差する

評者:吉田伸子

出だしを読んだ時、この物語がまさかこんな着地をするとは思いもしなかった。川瀬七瀬さんの『四日間家族』である。
 冒頭に登場するのは、集団自殺を決行しようとインターネットを介して集まった四人。車を提供し、ドライバー役を務める長谷部康夫60歳、江戸川区でスナックを営む寺内千代子73歳、丹波陸斗16歳、そして28歳の坂崎夏美で、この夏美が物語の語り手でもある。
 夏美が、長谷部に死への覚悟ができていないと見抜き、いち抜けしようとしたことをきっかけに、車中で揉めていたその時、もう一台、赤いミニバンがやって来る。運転していたのは女で、彼女は山に大きなリュックを捨てて去って行った。そのリュックに入っていたのは、千代子の見立てでは生後三ヶ月くらいの赤ん坊だったーー。 
 ここから、思いもかけない事態が四人を待ち受けているのだが、それよりも何よりも、赤ん坊を見つけるまでの過程で明らかになる、この四人のだめっぷりに、うへぇっ、となる。
 千代子は、コロナ禍で感染対策もろくにせずにスナックの闇営業を続け、クラスタを発生させていた。コロナに罹患した客が六人も亡くなったことから、週刊誌でも話題になり、SNS上で店を特定され、千代子の顔写真も晒されるという〝炎上〟を経験。亡くなった客の遺族たちからは、ひとり頭四千四百万円の賠償金を求められてもいる。
 陸斗は名前は名乗ったものの、自らの背景については語らない。それどころか、夏美に向かって「どうせ死ぬんだし一回ヤラせて」と言い出す始末。もちろん、夏美には秒で拒否されるのだが、この場面で、それならあたしが、と千代子が言い出すのが生々しいし、「こんなガキはものの数分で終わっから、あんたは欲求不満かもしれんがな」と平気で言う長谷部、キモすぎる。
 その長谷部は、経営していた鉄工所が借金でどうにもならなくなり、工場を潰していた。連帯保証人になっている妹に生命保険のお金を残すために自死を決めていた。
 そして、夏美。仕事は「ある種のボラティア活動」と自称しているが、実際は、地方の共同体をターゲットにしているサークルクラッシャー。他者を自分の意のままに動かすこと、それだけが無常の喜びという、四人の中ではちょっと次元が違うイカれた女だ。彼女が自死を選んだのは、下手をうった地元のヤクザから執拗に追われ続けることに疲れてしまったから。
 赤ん坊を助けたはずの四人が、何故か、赤ん坊の誘拐犯に仕立てられ、社会から「悪」として追い詰められて行くことに、初めは、まぁ、陸斗の事情はわからないにしても、長谷部といい千代子といい、夏美といい、これまでやらかして来たことの報いもあるかもね、くらいに思っていたのが、気がつけばすっかり彼らに肩入れしてしまっていた。世間が振りかざす「正義」の偏りというか、濡れた犬を叩いて喜ぶようなその醜悪さが、逆に、息苦しくなってくるのだ。
 何よりも、赤ん坊の命を守る、というその一点だけで、どうしようもなくだめだめで、人としてどうよ? とさえ思えていた(とりわけ夏美!)四人が、ゆっくりと結束していく様がいい。世間の「正義」がどす黒く膨れ上がるのとは反対に、四人それぞれの〝善なる部分〟が立ち上がって来る。しかも、それが、四人には無関係な赤ん坊によってもたらされた変化である、というのがいい。そこにあるのは、作者である川瀬さんの、光と影をどうしようもなく併せ持ってしまう人という生き物に対する、深い部分での信頼である。
 赤ん坊はどうなるのか。そして四人の結末はどうなるのか。読後、「四日間家族」というタイトルの意味が、深く、静かに胸に落ちていく。

作品紹介



四日間家族
著者 川瀬 七緒
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2023年03月01日

誘拐犯に仕立て上げられた自殺志願者たちの運命は。ノンストップ犯罪小説!
自殺を決意した夏美は、ネットで繋がった同じ望みを持つ三人と車で山へ向かう。夜更け、車中で練炭に着火しようとした時、森の奥から赤ん坊の泣き声が。「最後の人助け」として一時的に赤ん坊を保護した四人。しかし赤ん坊の母親を名乗る女性がSNSに投稿した動画によって、連れ去り犯の汚名を着せられ、炎上騒動に発展、追われることに――。暴走する正義から逃れ、四人が辿り着く真相とは。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001445/
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