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レビュー

自己言及の極致から滲み出す創作者の業――三津田信三『みみそぎ』レビュー 評者:千街晶之

その怪談を耳にしてはいけない――。最恐の怪異譚が、現実を侵食する。
三津田信三『みみそぎ』レビュー

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三津田信三『みみそぎ



書評:千街晶之(ミステリ評論家)

 三津田信三は二○二二年四月一日に自身のTwitterアカウントで、「長篇『のぞきめ』を第一作とする「五感シリーズ」の残りの四作『みみそぎ』『ざわはだ』『ふしゅう』『いやあじ』を一気に脱稿する。今月から7月まで毎月一冊ずつ連続刊行する予定です」と記している。日付を見ればわかるように、これはエイプリルフールのネタなのだが、そうであるからこそ、そのうちの一つがまさか実現するとは予想できなかった。視覚を扱った『のぞきめ』に対し、このたび上梓された『みみそぎ』は、タイトル通り聴覚を扱っている。ならば、この二作は同じシリーズなのか……と問われたら、私はYESと答えるべきかNOと答えるべきか、少々迷うだろう。というのも、本書には著者の他の作品とリンクした要素があまりに多すぎるのだ。
 まず、本書で重要な役割を果たす人物として登場する三間坂秋蔵は、『どこの家にも怖いものはいる』に始まる、中央公論新社の「幽霊屋敷シリーズ」に出てきた編集者だ。「幽霊屋敷シリーズ」は、三間坂から怪異の記録を渡された著者自身が、その内容について考察する――という体裁を取っている。本書もまた、三間坂が著者に渡した怪談のノートをめぐる物語なので、発端は「幽霊屋敷シリーズ」の印象にかなり近い。
 しかし、このノートというのが曲者なのだ。三間坂の亡き祖父・萬造は孫と同じような怪談愛好家だったが、何故か祖父自身の体験の記録はなかった。ところが、三間坂家の蔵から一冊の分厚いノートが発見される。少なくとも、その最初の部分は萬造自身の体験と思われたが……。
 ところで、「巻を措く能わず」という表現がある。「その書物や本に強い魅力を感じてしまい、一気に最後のページまで読まずにいられない」といった意味だ。本書における作中作とも言うべき萬造のノートは、まさにそれに該当している――いや、慣用句としての元来の意味とはやや違った意味合いではあるけれども。一旦読みはじめると、決して途中で止めることの出来ない怪談。そんなものが現実にあり得るだろうかと思うかも知れないが、本書の試みはそれに限りなく近い。具体的な仕掛けは読んでのお楽しみということにしておくが、こういう構成は、マトリョーシカ式かと思えば違うし、リレー式と言っていいものか悩むし、なかなか表現に困るのは確かだ。そうした異色の構成を別にしても、ノートに記された怪談は多彩かつ異様であり、読者を奇怪な空間に巻き込む力を放っている(個人的には、無人の山荘の二階に潜む何者かのエピソードと、郵便局員が出会った得体の知れない家族のエピソードが特に怖かった)。
 ノートが終わったあとの「幕間」の章で言及されているように、このノートの内容には著者の他の著作を連想させる部分が極めて多い。もともと、著者の作品群は、版元やシリーズの垣根を超えてリンクしている部分がある。従って、本書も他の作品とリンクしていてもおかしくはないのだが、それにしても自己言及が過剰なのだ。もちろんそれは、本書の狙いそのものと無関係ではない。
 二○一○年代、作家自身が狂言回しあるいは主人公として実名で登場する、フェイク・ドキュメンタリー仕立ての怪談小説が流行ったことがあった。しかし、大抵の場合、その手が使えるのは一作家につき一回限りである。小野不由美の『残穢』然り、芦沢央の『火のないところに煙は』然り、澤村伊智の『恐怖小説キリカ』また然り。
 ところが、著者は『ホラー作家の棲む家』(文庫版で『忌館 ホラー作家の棲む家』と改題)でデビューして以降、二十年を超える作家生活において、自らが登場する怪談を手を替え品を替えて幾度も発表しているのだ。そのような自己言及的メタフィクションの道を恐れず突き進んだ果てに、著者はついに本書の境地に達してしまった。これまでの作品と比較しても、本書は他の作品とのリンクが過剰なだけではなく、「著者自身が狂言回しであることの意味」という点においても、『のぞきめ』や「幽霊屋敷シリーズ」などよりも遥かに過剰なものを含んでいる。そして、作中の表現を借りれば「創作者の業」もここに極まれりと戦慄させられる結末が待っているのだ。

作品紹介・あらすじ



みみそぎ
著者 三津田 信三
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2022年11月25日

その怪談を耳にしてはいけない――。最恐の怪異譚が、現実を侵食する。
作家の「僕」のもとに、旧知の編集者・三間坂秋蔵から、あるノートが送られてきた。ノートに綴られていたのは、怪奇を愛した三間坂の祖父・萬造が記したと思われる怪異の記録だった。読むことで障りがあるかもしれない――そう思いつつも一読した僕は、予想を超える内容に戦慄することになる。その理由は、本書を最後まで読んで確かめてみてほしい。本書には萬造のノートの一部と、ノートを読んだ三間坂の身に起こった出来事がまとめられている。もちろん途中で止める自由が読者にはある。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000478/
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