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レビュー

迎え撃つことから救い出すことへ 当事者になることを決断した男の冒険譚 ──古谷田奈月『フィールダー』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

『フィールダー』古谷田奈月(集英社)

評者:吉田大助



 エンターテインメント小説はかつてジェットコースターに譬えられた。が、娯楽メディアが百花繚乱状態にある現代では、ジェットコースターの他にも多数のアトラクションを設置した、テーマパークの構築を目指す必要がある。日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビューし現在は純文学媒体で作品を発表する古谷田奈月は、実に三年ぶりとなる新刊『フィールダー』で独創的なテーマパークを生み出してみせた。小説世界の基礎を成すテーマは、主人公のモノローグに現れている。〈フィールドワーカーじゃ弱い。本物の当事者に、フィールダーにならなくては〉。つまり、当事者性だ。
 本を開くとまず飛び込んでくるのは、某怪獣狩りゲームを彷彿させるスマホゲーム『リンドグランド』の世界だ。主人公の橘はガチ勢のプレイヤー=迎撃団員として、「未央」「ハチワレ」「隊長」の三人とともに毎日モンスターだらけのフィールドに立つ。仲間と戦い仲間のために生きる、その当事者感覚がデッサンされたところで橘の現実が開陳される。彼は総合出版社の編集者で、玉石混交な社の「良心」とも称される小冊子の副編集長を務めていた。ある日、親交の深い児童福祉の専門家・黒岩文子から長文のメールが届く。その内容は、黒岩の噂を耳にした同僚の口から先に明かされた。少女を触った──性的接触を持ったのだという。ことの次第を告白する黒岩のメールが、第一章ラストまで長々と引用される。当事者の視点から紡ぎ出された理論、結論。主人公が読んだものと同じ文章を、読者も読むこととなる。善か悪かを速やかに確定はできない。善であれ悪であれ、孤立した黒岩をいかにして助けることができるか? これが、物語のジェットコースター部分だ。
 一方で、橘が『リンドグランド』をプレイする光景が要所要所にインサートされていく。ゲームの世界では現実とは異なる人間関係があり、短文ゆえに感情過多なテキストチャット特有の、異なる言葉遣いの場がある。そこには現実世界とは全く異なる、人生の喜びがあった。ところが、こちらでも橘が匿名性を脱ぎ捨てて動かざるを得ない状況が勃発する。実家で引きこもり生活を送る「隊長」は実は未成年であり、家庭に問題を抱えていた。
 橘は黒岩と「隊長」から告白を受けることで、二人の人生、それぞれが直面している事件の当事者となる。迎撃から救助へ。二人を救い出そうと試みるのだが、もうすぐ四〇歳になる大人は感情だけでは動けない。自分の行動を支えるための言葉が必要だ。その結果、作中には現代社会の公衆衛生にまつわる数々のトピックと共に、橘のぶ厚い思弁と、価値観の違う他者との議論がボリューミーに記録されることとなった。まさか「かわいい」という感情にこのような加害性が宿っていたなんて。あなたもまた当事者である、とこの小説は告げる。
 本作のどこが面白いか? そう問われたら、個々のエピソードを指折り数えていったうえで最終的には「一文一文の全てが」と答えるしかない。テーマパークは、アトラクションに乗ることだけが楽しさではない。その世界の中にいること、それ自体が楽しい。日常では味わえない喜怒哀楽を体験できる。刺激的だ。ただし本作を読み終え現実世界へと帰還した瞬間、物語のテーマが消え去ることなく胸に宿っていることに気付くはずだ。橘はゲームの世界と現実の世界を重ね合わせながら、ある時こんなことを思う。〈できるのはただ、自分がいるとき、いる場所で、自分にできる限りの支援を実践することだけだった〉。それ「だけ」を一人一人が実践していけば、どれほど優しい世界が切り開かれることになるだろうか、と。

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