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レビュー

読む者を圧倒する、とてつもない傑作ホラー――澤村伊智『ばくうどの悪夢』書評:朝宮運河

比嘉姉妹シリーズ、待望の最新長編。澤村伊智が放つノンストップホラー。
『ばくうどの悪夢』澤村伊智

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ばくうどの悪夢』澤村伊智



朝宮運河

『ばくうどの悪夢』(KADOKAWA)は澤村伊智の代表作、比嘉姉妹シリーズの最新作にして第4長編である。同シリーズの長編が刊行されるのは、2017年の『ししりばの家』以来、約5年ぶりのことだ。

 その内容について、本稿では深く立ち入るのを差し控えたい。発売からまだ日が浅いという事情もあるが、この作品はできるだけ予備知識なしで読んでいただきたいからだ。断言してしまうが、『ばくうどの悪夢』は滅多に出会うことができない本格ホラーの傑作だ。480ページ超、シリーズ史上最大のボリュームを誇るこの長編は、澤村伊智の現時点での最高傑作といっていいだろう。

 と、ここでもう筆を置きたいところなのだが、それでは紹介記事にならないので、ほんの少しだけあらすじを紹介しておこう。
 主人公の「僕」は、東京から父の郷里・兵庫県東川西市に引っ越してきたばかりの中学1年生。父親の片桐孝朔は売れっ子の小説家兼評論家で、地元の旧友たちからなるグループ「片桐軍団」のリーダーだ。居酒屋で開かれたグループの飲み会に両親と参加した僕だったが、地方特有のヤンキー的価値観やノリに慣れることができず、居心地の悪さを味わっていた。

 そして僕にはもうひとつ、悩みの種がある。それは何度もくり返して見る悪夢だ。どうやら中学の同級生で、父親が片桐軍団のメンバーでもある樋口由愛も、やはり悪夢にうなされているらしい。ある日、夢から覚めた僕は恐ろしい事実に気づく。夢で体を傷つけられると、現実でも同じように怪我を負うのだ。

 これまでさまざまな種類の怪異が登場してきた比嘉姉妹シリーズだが、『ばくうどの悪夢』が扱っているのは人に災いをもたらす悪夢、作中の言葉を用いるなら「夢の怪」だ。人は眠らずには生きられないし、夢の中で起きることはコントロールすることができない。そこにこの怪異の不気味さと厄介さがある。

「眠る時は絶対に独りだと、今更ながら気付いた。隣に誰かがいようと、誰かと同時に眠りに落ちようと、そこは変わらない。睡眠は個人の営みで、他人と同じ眠りを眠ることは絶対にできないのだ。たとえ同じ悪夢を見た者同士でも」(『ばくうどの悪夢』100ページ)。

 誰もが孤独で、無防備になる瞬間。夢の怪はその隙を突いてくる。ホラー映画『エルム街の悪夢』に登場した怪人、フレディ・クルーガーのように。

 澤村作品の大きな特徴としてキャラクター造型の巧さ、とりわけ身の回りに存在しそうな“いやな人”の再現度の高さが挙げられるだろう。『ぼぎわんが、来る』の新婚夫婦や『ずうのめ人形』の自称ホラーマニアの描写からも分かるとおり、著者の鋭い目はふとした瞬間に表れる、現代人の優越感や劣等感を見逃さない。『ばくうどの悪夢』にもやはりそうした人間心理の暗部が描かれている。あまりの再現度の高さに、読んでいて内面をえぐられるような気持ちにもなるのだが、それが単なるディテールではなく、物語のテーマやモチーフと深く関わっているのが素晴らしい。

 比嘉姉妹シリーズのレギュラーキャラクターである比嘉真琴は、夫の野崎昆が片桐軍団のメンバーだったこともあって、比較的早い段階から物語に登場。霊能力やオカルト知識を生かして、事件に携わることになる。もちろん姉の比嘉琴子も関わってくるし、これまで登場の機会がなかった比嘉家の人々も登場している。シリーズものの一編としても、実によくできた長編なのだ。

 付け加えておくと、作中ではある残忍な犯罪が描かれている。目を覆いたくなるような悲惨な出来事だが、作者は決してサディスティックな狙いや露悪趣味のために、このシーンを冒頭に置いたわけではないだろう。夢と死をめぐる物語を描くうえで、これが必要不可欠であることは、読み進むうちに分かってくるはずだ。現実の事件を連想させるエピソードをあえて挿入したところに、作者の静かな覚悟が感じられた。

 私たちに取り憑くさまざまな悪夢を重層的に描いた『ばくうどの悪夢』は現代的なホラー・エンターテインメントであると同時に、神話的な深度と強度を備えた幻想小説でもある。夢を見るすべての人にとって恐ろしい物語。ぜひ読んで、圧倒されていただきたい。

作品紹介・あらすじ



ばくうどの悪夢
著者 澤村伊智
定価: 2,035円(本体1,850円+税)
発売日:2022年11月02日

比嘉姉妹シリーズ、待望の最新長編。澤村伊智が放つノンストップホラー。
「眠れば、死ぬ」
東京から父の地元に引っ越してきて以来、悪夢に悩まされていた「僕」は、現実でもお腹に痣ができていることに気づく。
僕だけでなく、父親の友人の子供たちもみな現実に干渉する悪夢に苦しめられていた。
やがて、そのうちひとりが謎の死を遂げる。
夢に殺されたのか。次に死ぬのは誰か。なぜ、悪夢を見るのか。
理由を探る中でオカルトライターの野崎と真琴からお守りをもらい、僕らの苦悩はいったん静まったかのように思われた。
しかし、今度は不気味な黒ずくめの女に襲われる悪夢を見るようになる。 「比嘉琴子」と名乗るその女は、夢の中で僕を殺そうとしてきて──。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322005000376/
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