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レビュー

好都合に女を動かした文豪たち――イザベラ・ディオニシオ『女を書けない文豪たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学』レビュー【評者:武田砂鉄】

古典超訳の次に挑むは、日本近現代文学史上に燦然と輝く文豪とダメ主人公!
『女を書けない文豪たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学』イザベラ・ディオニシオ

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女を書けない文豪たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学』イザベラ・ディオニシオ



武田砂鉄(ライター)

「事実は小説より奇なり」という言葉がそんなに好きではない。その言葉を見かけるたびに「そりゃそうだろ」と心の中でつっこむ。その言葉が出てきた後というのは、大抵「事実」にスポットを当てた話が進むので、「小説」の価値はそのままにされる。
 10年ほど前、文芸誌で編集者をしており、新人賞の下読みに追われていた。読み進めていく上での判断基準はいくつもあったが、個人的には「好都合かどうか」という基準を大切にしていた。ここら辺で登場人物をこのように動かしてみよう、という「好都合」。この辺りで恋敵が出てきたら面白くなるはずだから、という「好都合」。ここでセックスさせて濃厚な描写に酔いしれる「好都合」などなど。物語の中の誰か、ではなく、書き手がハンドルを握っている様子が浮かんでくるような小説はよろしくない、と思ってきた。
 本書を読みながら、その基準は果たして正しかったのだろうか、と今さら思う。なぜならば、今、いわゆる古典として知られる文学作品にこそ「好都合」が溢れていたから。『女を書けない文豪たち』とのタイトルだが、自分の感想を盛り込みながら勝手にタイトルを膨らませてみると、「女を書く時に、好都合に女を動かして超ご満悦なのに、今まであまりそれを指摘されてこなかった名作を書いた文豪たち」といった感じだろうか。
 たとえば、田山花袋『蒲団』を語る章タイトルには「妄想こそはオジサンの生きる道」とある。「ここからは妄想フル活用の世界に入る」と告知した上で、「どうせ文学を遣ろうというような女だから、不容色ぶきりょうに相違ないと思った。けれどなるべくは見られる位の女であって欲しいと思った」などの部分を引用し、「あれこれ夢想に走る時雄には、中学生のような初々しさがある」と淡々と受け止める。確かに中学生の頃、トイレに集まって、こんなこと、つまり、自分の容姿を棚に上げまくった上で、この手の話をしていたかもしれない。文豪たちったら、実はそんなことばかり書いていた。
『女を書けない文豪たち』の主人公は、都合よく動かされた女たちだ。本心を語る言葉を持たせてもらえなかった女たちの憤りを、今になって著者が救済するように引き受ける。女を好都合に書いてから、しばらくの月日が経ち、「ところで、みなさんの描写、自分に都合が良すぎませんか。その女の扱い、ダメでしょう」と掘り起こされてしまった。気持ちよさそうにしている文豪たちは、「今さらなんだよ」と動揺しているはず。この展開、言ってみれば、「事実は小説より奇なり」である。

作品紹介・あらすじ



女を書けない文豪たち イタリア人が偏愛する日本近現代文学
著者 イザベラ・ディオニシオ
定価: 1,815円(本体1,650円+税)
発売日:2022年10月28日

古典超訳の次に挑むは、日本近現代文学史上に燦然と輝く文豪とダメ主人公!
『舞姫』『こころ』『真珠夫人』etc.
ああも女心をわからないのは、なぜ??
古典文学ではあんなに巧みだったのに(嘆)
日本文学を偏愛し、恋愛下手も自認する翻訳者が文学史の誇る「最もくどくてどうしようもない男」たちから謎に迫る。

近現代文学はロマンチックラブとの格闘史だ!
<愛>の在り方が変わった近代。
名作を誰もが持つロマンスの黒歴史から読み直すと、偉い「文豪」でなく、恋愛下手で頭にもくるけど可愛らしい「男」たちの素顔が見えてくる。
古典文学の超訳で知られる著者だが、最も読み込んできたのは近現代文学。
文学史の誇る「最もくどくてどうしようもない男」たちを、誰もが持つロマンスの黒歴史から読み直し、日本人の恋愛史まで浮かび上がらせる。
未読でも既読でも楽しめる、ロマンスで読み解く日本近現代文学
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322109000863/
amazonページはこちら


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