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レビュー

宇宙規模の災害と人類の知恵――劉慈欣『流浪地球』レビュー【評者:藤井太洋】

中国大ヒット映画原作、『三体』著者によるSF短編集、待望の邦訳!
劉慈欣『流浪地球』

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劉慈欣『流浪地球



宇宙規模の災害と人類の知恵

評者:藤井太洋

 ハードSFのことを中国語で「イン科幻クーファン」と呼ぶ。科学的に正確な記述を貫くSFサブジャンルで、中国では特に好まれている作品群だ。
 起こりうる描写を売りにするハードSFは、宇宙規模の災害と、そこから逃れようと知恵を絞る人類の姿を繰り返し描いてきた。
 映画では、尺の問題で科学的な正確さを犠牲にしていることは多いけれど、迫り来る隕石に核爆弾を仕掛ける「アルマゲドン」や、飛来するブラックホールを逸らしてしまおうという「さよならジュピター」、レオナルド・ディカプリオが科学者を演じた映画「ドント・ルック・アップ」をすぐに思い出すだろう。
 近年の小説作品から選ぶなら、架空宇宙開発史を描くメアリ・ロビネット・コワルの『宇宙(そら)へ』や、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』がお勧めだ。
〈三体〉で翻訳作品初のヒューゴー賞を受賞した劉慈欣リウツーシンの「流浪地球」でも、これらの作品と同じように危機が描かれる。
 増大する太陽活動に地球が呑み込まれてしまうことを察知した人類は、一万二千基もの核融合エンジンを地殻に据え付けて自転を止め、プラズマの炎を噴き上げて、4.3光年を隔てたプロキシマ・ケンタウリへ2500年もの旅に出る――断っておくが、ネタバレではない。
「地球エンジン」のアイディアは、中編小説のマクラに過ぎないのだ。
 物語はある少年の「ぼくは夜を見たことがなかった」という独白で始まる。自転が止まった時代の地球に育つ少年は、プラズマの炎を噴き上げる地球エンジンが地球を公転軌道から押し出し、小惑星帯をくぐり抜けて、星の海へと出ていく私たちの姿を語る。
 成長と共に彼が見つめる対象は地球を動かす工学から社会の変容と対立へ、人類という種に対する考察から内省へと移り変わっていく。ハードSFの傑作だ。
 九月に刊行される劉慈欣の作品集『流浪地球』と『老神介護』には、中編と短編小説が合わせて十一作、収録されている。
『流浪地球』の収録作は人類の危機から始まる。地球を動かす表題作の「流浪地球」に、資源枯渇問題に対するとんでもない解決策から未来の可能性を広げていく「ミクロ紀元」、そして〈三体〉を思い切りコンパクトにしたような宇宙規模の侵略を描く「呑食者」では、スケールの大きなハードSFを堪能できる。
 四作目の「呪い5.0」は、失恋した女性が作ったコンピュータ・ウイルスが世界を破滅に追い詰めていく作品だが、劉慈欣本人も登場する悪ふざけ満載の作品。余談だが「大劉」の友人として出てくるSF作家「大角」はブラッドベリを思わせる作品で人気を博している潘海天パンハイティエンだ。
 五作目の「中国太陽」は農村戸籍しか持たない貧困層の青年が、ビルの窓拭きを経て宇宙ミラーの清掃員になり、軌道工学を学んで英雄になっていくストーリーが描かれる。個人的に最も好きな作品だ。六作目の「山」は人類の危機とファーストコンタクトSF。異なる宇宙観を持つ知性体との交流はハードSFの好物テーマだが、劉慈欣の描く、空間のない世界で進化した知性の異質さは群を抜いている。
 もう一方の作品集『老神介護』は、ある種の連作短編のように作品が集められている。
 表題作は、空から降りてきた二十億柱もの神様を人類が介護する「老神介護」だが、この内容でハードSFなのだから驚いてしまう。とにかく面白い。続く「扶養人類」は一作目の後年を舞台にした、暗殺者が主人公のアクションSF。劉慈欣の描く男の矜持が見もの。
 三作目の「白亜紀往事」は、ティラノサウルスと劉慈欣作品によく登場する昆虫、蟻による共生文明の発展と衝突を描くSF。軽いタッチながら異文化コミュニケーションについて鋭い光を当ててくる短編。
 四作目の「彼女の眼を連れて」は、情感たっぷりに描かれる導入部からハードSFに転換していく見事な構成を味わうことができる。
 五作目の「地球大砲」は冷凍睡眠から目覚めた男が息子の行った地球開発の罪を追及されるところから始まる作品。地球に穴を開けて裏側に行くという、ある意味子供じみたアイディアを真剣に突き詰めていった先に、これほど豊かな未来が広がっているなんて考えたこともなかった。
 作品の舞台とテーマのおかげで科学技術用語は多めだが、ストーリーテリングに無駄はなく、大森おおもりのぞみの手による訳文は、骨太の作品を滑らかに楽しませてくれる。
 中国のSFファンがイン科幻クーファンを愛好するのは劉慈欣のおかげなのだろう。

作品紹介・あらすじ



流浪地球
著者 劉 慈欣
訳者 大森 望
訳者 古市 雅子
定価: 2,200円(本体2,000円+税)
発売日:2022年09月07日

中国大ヒット映画原作、『三体』著者によるSF短編集、待望の邦訳!
●ぼくが生まれた時、地球の自転はストップしていた。人類は太陽系で生き続けることはできない。唯一の道は、べつの星系に移住すること。連合政府は地球エンジンを構築し、地球を太陽系から脱出させる計画を立案、実行に移す。こうして、悠久の旅が始まった。それがどんな結末を迎えるのか、ぼくには知る由もなかった。「流浪地球」

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000572/
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