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レビュー

極上の医療小説と職人技ミステリの華麗なる協奏――長岡弘樹『殺人者の白い檻』レビュー【評者:村上貴史】

《教場》シリーズの著者が挑む長編医療ミステリ
長岡弘樹『殺人者の白い檻』

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長岡弘樹『殺人者の白い檻



極上の医療小説と職人技ミステリの華麗なる協奏

評者:村上貴史

 二〇〇三年に「真夏の車輪」で小説推理新人賞を受賞し、その後、〇五年に短篇集『陽だまりの偽り』でデビューした長岡弘樹。〇八年には、ひとりの女性の刑事としての姿と母としての姿を鮮やかに一体化させた短篇ミステリ「傍聞き」で日本推理作家協会賞を短編部門で受賞した。さらに、警察学校を舞台にした短篇集『教場』(一三年)が人気を博し、シリーズ化され、TVドラマ化もされた。
 こうした実績が示すように、長岡弘樹は短篇を得意とする作家であり、刊行された書籍の大半が短篇集なのだが、時には長篇も執筆する。例えば、三冊目の著作『線の波紋』(一〇年)や、《教場》シリーズ第四作の『風間教場』(一九年)がそうであり、本書『殺人者の白い檻』もそうだ。
 脳外科医の尾木敦也は四十五歳。六年前に両親を殺されて人の命の儚さを感じた結果、医者という仕事の価値を十分に信じることができなくなり、そして無力感に囚われるようになった。それがピークに達したことを感じ、一週間前から休職して自宅に籠もっていた。その間、風呂にすら入れないほどの無力感である。
 そんな彼が職場に戻ることになった。隣接する刑務所からの急患に手術を施す必要があったのだ。脳動脈瘤が破裂した患者である。ドリルと鋸を用いて頭蓋骨を切断し、顕微鏡で患部を観察しながらピンセットやクリップを駆使してミリ単位の処置を行う。その手術が終わりに近付いた段階で、敦也は患者が誰であるかを知った。六年前に敦也の両親を殺害して死刑が宣告された定永宗吾こそが、その患者だったのだ……。
 このうえない難問と向き合うこととなった尾木敦也を描いた一冊である。まず、死刑囚である患者の治療そのものに矛盾が宿る。死刑は、死刑囚が病んでいる間は執行されない。つまり、患者の健康を回復させることが、その患者を死へと近づけてしまうという矛盾が生じているのだ。その上で、尾木敦也だからこその問題がある。敦也は、医師としては患者の治療に全力を傾けたいが、犯罪被害者の遺族としては、犯人を憎む気持ちが強い。そんな葛藤のなかで、敦也は、主治医として定永を回復に導くべき立場に置かれるのだ。はたしてどう定永と向き合うべきか。その悩みは、定永が当初から一貫して殺人を否認していることで、より複雑になる。敦也自身は、定永が犯人だという確固たる証拠を握っているわけではなく、あくまでも他者が定永を犯人と判断したからに過ぎない。はたしてそんな「他者の判断」を拠り所にしていいのか。長岡弘樹は、敦也の視点からその悩める心を丹念に描きつつ、周辺に配置した人々――彼と同じ立場にある妹の看護師長や、かつて頭部の手術を通じて敦也の命を救った院長、あるいは定永を担当する首席矯正処遇官――との会話を通じ、よりくっきりと彼の想いを読者に伝えてくれる。相変わらず巧みな人物描写だ。
 死刑囚が患者という設定は、本書においては、さらに動機の謎としても活かされている。病気の死刑囚はおそらく、刑の執行を先送りするべく、病からの回復を遅らせようとするだろう。だが、本書において定永はリハビリに熱心に取り組んだ。何故だ。殺人を否認しつつも、一日も早く死刑になろうというのか。なんとも魅力的な謎を、長岡弘樹は用意してくれたのである。
 そして結末への導き方が実に巧い。妹の髪を兄が梳かす描写などの何気ないシーンが、真相を見抜く論理展開と綺麗に重なっているのだ。短篇ミステリでの衝撃を支えてきた職人技はここでも健在である。
 かつて短篇集『白衣の嘘』(一六年)で描いた医療の世界に、著者が改めて長篇として取り組んだ本書。敦也という一人の医師が深く丁寧に掘り下げられていて、彼の苦悩や決断の重みがしっかりと伝わってくる。脳の手術や術後のリハビリの描写も生々しく、また、それぞれの進め方にもひと工夫あって、医療小説としても上質。医師と看護師、理学療法士といったチームとしての連携もきちんと語られていて隙がない。
 つまり、だ。『殺人者の白い檻』は、医療ミステリの二つの側面を両方とも満足させてくれる一冊なのである。

作品紹介・あらすじ



殺人者の白い檻
著者 長岡 弘樹
定価: 1,870円(本体1,700円+税)
発売日:2022年07月29日

急患は、無実を叫ぶ死刑囚――『教場』の著者が挑む長編医療ミステリ
刑務所にほど近い総合病院に勤務する尾木敦也は、優秀な脳外科医だった。しかし、六年前に実家へ押し入った強盗に襲われて父と母を亡くして以来、深刻なスランプに陥っていた。捨て鉢な日々を過ごす中、院長命令で緊急搬送されてきた死刑囚の開頭手術をしぶしぶ引き受けた敦也。術後、命を救った患者が両親を殺害した定永宗吾であったことを知る……。そして定永は、死刑判決後も、自身の犯行を一貫して否認していた。敦也と妹の看護師長・菜々穂は、リハビリを通して定永という人間と六年前の事件に、改めて向き合うことになるのだが……。

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