『三体』の劉慈欣、中国で100万部突破のSF短編集!
劉慈欣『老神介護』
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劉慈欣『老神介護』
劉慈欣のとんでもない想像力が好きでたまらない。
評者:中島京子
「白髪三千丈」は、李白の晩年の詩の一節で、やたらと大げさな物言いの例に使われることが多いが、本来は、深く連綿と尽きない憂いを形容した言葉だ。
本書に収録された「老神介護」ほかの短編を読んで、わたしの脳裏にはずっと、老人の憂いに満ちた表情と長い、長い、九千キロメートルにも及ぶかという白い髪が浮かんでいる。
近未来と思われるあるとき、地球の空におびただしい宇宙船がやってきた。何事かと思えば、宇宙船からは老人が一人、また一人と降ってくる。
「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかのう――」
え? 神? 創造主? 彼らは人類とは違う「神文明」を持つ神様たちで、その文明はもう衰退して終わろうとしているのだという。宇宙船で暮らしていた二十億の神様たちは、全員、もう三千歳以上で、数千万年も航行してきた宇宙船はもうボロボロであり、まともな食べ物もない。だから、「老後を地球で過ごしたい」というのだ。彼らは彼らの時間で二千年前、地球時間で言えば三十五億年前に、「地球に生命の種を播いて、老後の準備をはじめ」たという。え? じゃ、地球のあらゆる生物は、神様の老後のお世話をするために生まれたわけ? 人類は、介護ヘルパーとなるために進化したわけ?
突拍子もない進化の歴史のせいで、二十億柱(神を数える量詞は柱なんですか!)の神様たちは、十五億の地球市民のすべての家庭に分散され、介護されることとなったのである。「世話をかけるなあ。世話をかけるなあ……」とつぶやきながら。
残念なことに、年取った神様たちには神通力みたいなものもない。ただのお年寄り。三千歳以上のお年寄り。血縁でもない、赤の他……赤の他神様を、在宅介護。なんということ! 家庭内で神様の地位がありがたくないものに成り下がり、「くたばり損ない」とか「老いぼれ」とか呼ばれるようになるのには、そんなに長い時間もかからなかったのであった――。ところで「老神介護」は、ただただ創造主への虐待が描かれる小説ではないので、そこは安心していただきたい。二転三転ある。しかし、憂いは三千丈だ。
本書には「老神介護」のほかに「扶養人類」「白亜紀往事」「彼女の眼を連れて」「地球大砲」の五つの短編が収録されている。そのどれもが、奇抜な設定で驚かすとともに、なんとも言えないアイロニーに満ちていて、読む者の感情をふるふると揺さぶる。「老神介護」と「扶養人類」、「彼女の眼を連れて」と「地球大砲」はそれぞれ設定がつながっていて、後日譚、あるいは前日譚を読む楽しみもある。「白亜紀往時」はほかのどの短篇ともつながっていないとも言えるし、創造主が生命の種を播いた後の、ちょっとした逸話だと考えることもできる。この一編だけは、近未来ではなくて、だいぶ過去の話だからだ。
五つの短編は傑作ぞろいだが、どうしても一編だけお気に入りをと言われたら、「白亜紀往事」を選ぶ。劉慈欣の、このとんでもない想像力が、好きでたまらない。絶滅した頭の弱い大きいのみたいに思われている、あの恐竜ってやつがですよ、核兵器を持つまでの文明を築いていたなんて、ほかに誰が思いつくかね。
しかも、その恐竜文明を支えていたのが、ちびっこの蟻たち。蟻文明。
「いまから六千五百万年前、白亜紀の終わりごろの、ふつうの日」、恐竜の歯に挟まったトカゲの肉を千匹以上の蟻が掃除してあげる冒頭が、なんだかもう、無性にかわいい! その後、共生しつつお互いに成熟した文明を築いた恐竜と蟻は、五万年後、たいへんな時代を迎えてしまう。ローラシア大陸とゴンドワナ大陸に分かれて対立する、種の違う恐竜同士による核戦争の脅威だけではない。ああ、この高度な文明の驕りが、あんなことも、こんなことも引き寄せてしまうなんて!
エピローグ的に添えられる、氷河期を耐える蟻二匹の会話も最高!
だれか、この短編をアニメーション映画にしてくれないかな。
ねえ、どうでしょう、カドカワさん。
作品紹介・あらすじ
『老神介護』劉慈欣著 大森望・古市雅子訳
老神介護
著者 劉 慈欣
訳者 大森 望
訳者 古市 雅子
定価: 2,200円(本体2,000円+税)
発売日:2022年09月07日
『三体』の劉慈欣、中国で100万部突破のSF短編集!
●突如現れた宇宙船から、次々地球に降り立った神は、みすぼらしい姿でこう言った。「わしらは神じゃ。この世界を創造した労に報いると思って、食べものを少し分けてくれんかの」。神文明は老年期に入り、宇宙船の生態環境は著しく悪化。神は地球で暮らすことを望んでいた。国連事務総長はこの老神たちを扶養するのは人類の責任だと認め、二十億柱の神は、十五億の家庭に受け入れられることに。しかし、ほどなく両者の蜜月は終わりを告げた――。「老神介護」
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