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レビュー

ひとつの青春としての殺人計画

 ずっと不安な小説だ。
 文章自体は読みやすく、安定している。堅苦しい印象もない。極端な例では『ドグラ・マグラ』(夢野久作)のような、文字の並びそのものが不安感を駆り立てる小説ではない。あくまで自然な口語体で、女の子の周囲で巻き起こるいくつかの事件と、彼女の繊細な内面が語られる。
 内省的な少女のモノローグが主体ということで、冒頭からしばらくはやや展開がスローな印象を受ける。でも実際は、まったくそんなことはない。情報が大量に、手早く並べられていく。私たちが「こういうことかもしれないな」と考えたことの粗方は、作中でも間もなく提示され、どんどん物語が展開していく。だから作品を信頼して読み進めていくことができる。
 なのに一方で、冒頭から感じる不安感を拭い去ることはできない。ずっと視界の端まで暗い雲が続いていて、青空はみえない。それは作中に、大小様々な人間が持つ気持ち悪さや暴力性がちりばめられていることが理由のひとつだ。視点人物である少女が強迫性障害に悩まされており、そのモノローグの受け取り方にやや戸惑うというのも、もちろん理由だ。でもいちばんの理由は、その少女自身が持つ、本質的な中立性だろうと思う。
 小説というのは、現実の象徴化だ。作品に合わせて現実の一部を切り取り、加工し、並べ直して焦点を絞っていく。
 とくに各人物の役割というのは単純化されやすい。「彼が正義であいつが悪」と決めてしまったほうが、読むほうも読みやすい。
 正しいことを言う奴は基本的にはいつも正しいことを言い、間違ったことを言う奴はその反対になる。善悪や正誤で割り切れないような作品であれ、「各登場人物の立ち位置」が大きく揺らぐことはない。例外を描く場合は、作中でもはっきりと例外として提示される。途中で読者の印象が大きく変わる人物は、その必然性が物語によって説明される。
『少女は夜を綴らない』も、ベースとしてはこの構造を持つ。
 つまり読者は「この人物の言っていることは正しく、信頼できる」「こちらの人物はやや不安だ」「こいつはやっぱり当てにならない」という風に、おおよそ役割を振り分けることができる。だが唯一、視点人物の少女だけは、なかなか判断がつかない。
 読者からみた様々な評価項目で、彼女は「どちらでもない」となるだろう。冴えているところがあり、鈍いところがある。常識的でもあり、非常識的でもある。善人にも悪人にもみえ、そして、善を愛しているようにも、悪側に惹かれているようにもみえる。
 読み手の価値観で記号化したとき、周囲に様々なサイズの善と悪が存在している本作において——「悪」の割合が多いにせよ、わかりやすい「善」も間違いなく存在する——最後にこの少女は「善」の側を選んでくれるのだろうか、というのが、本書が持つ不安感の根本だ。
 善を選ぶのだとわかりきっていれば、読者は安心だ。なにもかもが壊れてしまって悪の側に転がり落ちることが目にみえていれば、それはそれで、割り切って読める。だが彼女はずっと真ん中に立っている。どちらにでも転びそうで、だから不安になる。そしてそれこそが、この作品の魅力になっている。
 最後に、本書のジャンルを紹介しよう。
 もちろんミステリではあるが、根本的な部分は青春小説だろうと思う。スポーツ、音楽、恋愛。なんでもいいけれど、主人公がなにかひとつのジャンルに出合うことで起こる、人間的な変化を主軸にした物語だ。ただ出合うものが「殺人計画」であるというだけで、どちらに転ぶかわからない少女の性質も含めて、本書は極めて真っ当な青春小説として面白く読めた。


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