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レビュー

探偵の謎

「有栖川有栖」というペンネームを最初に目にしたとき、「何じゃこれは」と思った。私はふざけた性格なので、私以上にふざけた人間が気にくわないのである。つまり私は、他人様のペンネームを「ふざけとる」と決めつけたわけで、失礼にもほどがある、というものであった。まさか、この著者の長篇作品をぜんぶ読んだり、いっしょに新人賞の選考委員をつとめたりすることになろうとは、想像もしなかった。
「ふざけとる」とつぶやきながら、私は『月光ゲームYの悲劇’88』というタイトルのついた本を書店のレジへ持っていった。「空前絶後の密室」と帯に記されていたような気がするが、断言できない。とにかく、とみに記憶力に自信がなくなっているから、きちんとおぼえているのは、万引きなんぞせずに、ちゃんと領収書をもらったことぐらいである。
 ページを開くと、語り手の名が著者の名とおなじで、ははあ、この人はエラリー・クイーンの読者だな、と見当がついた。では、お手並み拝見、と、意地悪く読みはじめたが、とたんに度胆をぬかれ、「絶後」はともかく「空前」は真実だと思った。何しろ、火山の噴火によってキャンプ場が密室と化してしまうのだから、こんなミステリー見たことない。あえていえば、クイーンの『シャム双子の秘密』が山火事による密室だが、スケールが一段と大きい。あっけにとられて読み進め、読み終えたときにはファンになっていた。
 謎とパニックがみごとに両立して、全体のサスペンスを倍化させている。この作品を実写化するのは日本では不可能だ。IT長者が百億円ぽっちでいいから寄付してくれないかなあ。
 とにかく私は著者のデビュー作を手にする幸運にめぐまれたのだが、縁があるのかないのか、『孤島パズル』も、何と『双頭の悪魔』までスルーしてしまい、つぎに手にとったのは『46番目の密室』であった。もちろん私は自分の仕事をスルーして読みふけった。探偵役が交替しているのに語り手は別境遇でかつ同名。こんな記述方式も空前だろう。
 ちょっととまどいつつも読み終えて、あらためて感服した。いや、じつは、この文章を書くために書庫から引っぱり出してきたのだが、二十五年も前の作品とは、とても思えない。文章もプロットもキャラクターも、すこしも古びていない。初読後あわてて探しまわり、『孤島パズル』と『双頭の悪魔』を入手したときには、地獄行きの電車が満席でおろされたときくらい嬉しかった。
 さて、有栖川有栖作品といえば、江神先輩と火村助教授(いまは准教授)の二大名探偵。知名度の高さはコミックにも登場するほど。御両人とも自分自身が尋常ならぬ秘密をかかえていて、それがキャラクターに奥行きをあたえているが、これは『山伏地蔵坊の放浪』でもおなじこと。この点については、最初から身分の知れているエラリー・クイーン探偵と異なっている。
 では本書『濱地健三郎の霊なる事件簿』ではどうかというと、例外ではなかった。探偵役は年齢すら不詳で、他人には視えないものが視える。私生活のシの字もわからない。これはやたらと私生活に興味を持たれる作家の願望かも知れないが、私の思うところ、有栖川ワールドにおける最大の謎は、探偵役なのだ。
 それは非常に重大なもので、探偵役の謎が公然化したとき、シリーズ自体が終わらざるをえないほどのものだろう。だから私は、有栖川ワールドの探偵役の謎が解明されることをかならずしも望んでいない。
 今回、著者は論理とオカルトをみごとに両立させた。山伏地蔵坊とちがって、姿を消したわけでもないから、続篇も期待できる。私は期待されるのはキライだが、期待するのは大好きなのである。


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