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レビュー

ジャンルを超えた面白さを持つ、贅沢な逸品

 厚生労働省の統計によれば、一九九八年から二〇一一年までの十四年間の年間自殺者の数は三万人を超えていた。湯布院温泉のある大分県由布市や、水木しげるの出身地で有名な鳥取県境港市の人口が三万人台の半ばであるから、毎年これらの小さな市が一つずつ消えていたことになる。驚くべき数字である。ここ数年は自殺者の数はようやく三万人を切り減少傾向にあるが、それでも毎年二万人以上が自ら命を絶っている。なんという現実か。
 しかし自殺と判断されたなかに、そうではない事例が全くないと断言できる者はいないだろう。これは病死とされた場合でも同様だ。それというのも変死事案の大部分が、遺体を外側から見ただけの、いわゆる検視によってその死因が判断されているからだ。死因に犯罪性が疑われる場合は本来司法解剖の必要があるのだが、医師不足、予算不足によって、実際に司法解剖が行われる割合は変死事案の十パーセント前後しかないようだ。
 本書には日本の警察組織の〝欠陥〟をついて、周到な計画を立てて、自殺に見せかけて殺人を犯す人物が登場する。
 経済産業省のキャリア官僚である富川光範が、神奈川県秦野市の山中で縊死した状態で発見された。汚職をしていたという匿名の告発が警察にあった直後の出来事だった。前日に自宅にかかってきた自殺をほのめかす電話を娘が受けており、海外企業からの入金という証拠もあった。遺体に自殺を疑わせる痕跡もなく、警察は自殺として処理し事件は幕を下ろした。だがその結論に納得しない人物がいた。妻の真佐子である。二人の夫婦仲はとうに冷めており、家庭内離婚のような状態だったが、それでも彼女は夫・光範のことをよく理解していた。愛人がいるにせよ仕事に対しては真摯であり、少額の賄賂など受け取るはずがない。なにより光範は死に対して極端な恐れを抱いており、自ら命を絶つ勇気など持ち合わせていないというのだ。
 心はすでに離れていても、娘にとってはただ一人の父親である。父親に失望したまま娘に人生を歩ませるのは辛すぎるという気持ちもあり、娘や義母に愛想をつかされても挫けずに、心の離れていた夫の性格を信じて孤立無援の闘いを続けていく。真佐子の態度は、はたから見れば夫の死によって精神に異常をきたしたと取られかねない。だが真佐子はそんなことは百も承知で真相究明に突き進む。女性ではあるがこれまでの真保作品に多く登場したヒーローを髣髴させるキャラクターである。
 真佐子の調査に力を貸すのが刑事の井岡登志雄だ。井岡には、夫婦仲の悪化がもたらした互いの浮気が原因で妻が自殺した過去がある。同情と憐憫が入り交じった周囲の目を避けるようにしているためか、自分とは正反対の行動をとる真佐子に初めは強く反発する。だが、培った刑事の勘が大きな事件を掘り起こしていく。
 キャリア官僚の自殺事件をきっかけに、未曽有の犯罪があぶり出されるとともに、アフリカ国家の内戦とそれに介入する二大国の存在という、国際謀略の世界へと物語は広がりを見せていく。だがそのように物語を追っていった読者は、犯人の目的と動機が明らかになった瞬間、驚くことになるだろう。まさにネガがポジに反転するかのような衝撃があるのだ。また犯人をほぼ登場させず、周囲の証言によって浮かび上がらせるという趣向が凝らされているところにも注目したい。
 プロローグから最後まで、どこに転がりどうやって着地するのか皆目見当がつかない。さらにハードボイルド、警察小説、謀略小説などさまざまなジャンルの要素と面白さが盛り込まれている、贅沢な逸品である。


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