「新人離れ」は褒め言葉として知られているが、「新人らしい」もちゃんとした褒め言葉だ。作家として登録されるようになってまだ日が浅い中で、あるいは、世に出られるかどうかも分からなかった日々の中で書かれた作品には、書き手の欲望や衝動が否応無しに刻み込まれていて、文章は濁り物語の起伏は少ない。だが、透明な文章よりも濁りのある文章のほうが魅力的だと感じる人は少なくないだろうし、シンプルさは時に、複雑さに勝つ。
シンガーソングライターとしても活躍する黒木渚の作家デビュー作『本性』は、とても「新人らしい」一冊だ。冒頭に収録された「超不自然主義」が、小説誌デビュー作。〈「あなた、一年後に死ぬわよ」/ブクブクに太った中年の占い女に言われてから二年。/生き残った私はあの時よりも断然生きている〉。その一文を皮切りに、「あの時」から今までに起きた出来事が、時間軸を行きつ戻りつしながら語られていく。
同棲していた恋人との別れの後、エリちゃんの家で居候生活がスタート。エリちゃんには「旦那さん」がいたが、ある日相手の浮気をきっかけに離婚を決意した。「旦那さん」は、中目黒の路上に祀ってあった石の地蔵だ。「人間の男を好きになるってどんな感じなの?」とエリちゃんに聞かれ、「私」は答える。「えー。分かんないけど、エリちゃんが地蔵好きっていう感じとおんなじなんじゃん?」。どうしようもなく無茶苦茶な世界で、他人の人生を壊そうと躍起になっている人々を尻目に、通じ合う言葉を交わす二人はぐっと距離を詰めていく。設定はいろいろシュールでぶっ飛んでいるが、二人の距離感の計測は実に繊細。
第二編「東京回遊」は、夫との不仲で和歌山から家出してきた専業主婦の「恵」が、偶然乗ったタクシーの運転手を相手に、女優になるという過去の夢を叶えた「もしも」の自分を演じ始める。〈私を守るのも、傷付けるのも、救うのも、愛すのも結局は私自身なのだ〉。その言葉が、ある人物の思いと共鳴する。
第三編「ぱんぱかぱーんとぴーひゃらら」では、帰る家もなく工事現場の日雇い仕事で綱渡り生活を送る、五十絡みの「俺」に視点を採った。もうひとつの視点は、安価で体を売る「アッコ」。二人がパチンコ屋で出会う一連のシーンと台詞回しには、男性の性衝動の切迫感と暴力性が鮮やかに写し取られている。女性作家が書いたとは思えないリアリティだ。
全三編はいずれも、ひとりぼっちが、もう一人のひとりぼっちと出会い、つかの間の蜜月期間を経て別れていく様子を描き出している。出会うことよりも別れることのほうがずっとずっと大変だ、という真実もまた。それらはとてもシンプルで、ありふれた事柄かもしれない。でも、一番大事で一番基本のそのことから、この人は小説を始めたかったのではないか。
「新人らしい」本作でデビューした今、次はどこへ進むのだろう……と思っていたら、ほぼ同時刊行された幻の処女作『壁の鹿』(講談社文庫)を読んで驚いた。「新人離れ」していた。小説家、黒木渚。追っかけてみる価値は大いにあると思います。
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『劇場』
又吉 直樹
(新潮社)
下北沢で活動する弱小劇団の作・演出家の永田が、舞台女優を目指す沙希の家に転がり込んで、こじれた自意識を発散する日々を送る。盤石なボーイ・ミーツ・ガールの構造に地べたの生活感が入り込む、芥川賞受賞のデビュー作『火花』よりもずっと「新人らしい」第2作。
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