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レビュー

武から文へと変化する時代に 必死で生きる人々

 江戸時代。武から文へと価値観が変わりつつある時代を背景にした三篇が収録されている。
「機織る武家」の主人公は縫という名の女性だ。武家に嫁いではいるが、夫は入り婿。縫は後添えである。つまり夫婦揃ってその家とは血縁がない。先々代は百石取りの立派な武家だったのだが、いまでは家禄が減らされる一方。そこで縫の機織りの才が生かされる。
 と、こう書けばそれで一件落着、めでたしめでたしとなりそうだが、それでは終わらない。縫には心の奥底にしまっていた秘密があったのだ。縫が持つ、自己と他者を観察する冷静な眼を通して、「家」にしがみついて生きるほかない人々の心の揺れが見えてくる。
 続く「沼尻新田」の語り手は藩校で学問を修めた上士、柴山和巳。藩に出仕するほか、百石取りの家を継いだ三二歳である。藩が奨励する新田開発に、隠居の父が乗り気になるところから物語が始まる。しかし、柴山には、この新田開発が、上士の石高を減らす口実だとわかっていた。それでも海に近いその土地を実見しに行った柴山は、一人の女性と出会う。彼女は、年貢を永久に免除するという約束で藩から見放された野方衆という元武家の一族の娘だった。すでに藩の支配下から事実上離脱している野方衆は、お上の都合に振り回されている柴山たちにとって、もしかすると未来の自分たちかもしれない。
 彼女との出会いの後、柴山は新田開発に乗り出すことを決意する。それはなぜなのか。若き日を回想する柴山の語り口は実直にして重々しいが、わずかに甘い。その甘みが読者に見知らぬ時代への扉を開く。
 最後が表題作の「遠縁の女」。主人公は、剣は好きだが上達せず、学問は嫌いだが藩校での成績はよいという上士の嗣子、片倉隆明。二三歳のとき、父から五年の武者修行に出よと命じられる。だが、片倉には気に掛かることがあった。遠縁にあたる信江のことだ。しかし、藩校で首席だった学問好きの友人、菊池から信江への思いを告げられ、踏ん切りをつける。五年後、父の死の報を受けて帰郷した片倉は、菊池と信江のその後の運命を知ることになる。
 片倉は諸国を旅し、剣の道に武家としての生き方を見いだした。菊池の「人は考えるようにできている」という言葉に対し、「武家は剣を遣うようにできている」と。しかし、武家社会の変化は片倉の想像を超えていた。鬼気迫るほど純粋な武者修行と対照的な、官僚社会と化した藩政の残酷さ。そして、信江という艶めかしいまでに美しい女。読者は彼らの三角関係を通して、ある時代の社会の縮図と、そこで生きるほかはない人々の葛藤を目の当たりにすることになる。
 青山文平は一九四八年生まれ。昨年、『つまをめとらば』で直木賞を受賞し、受賞の弁で「生きているアジを書きたい」と述べていた。アジは大衆魚、つまり普通の人々である。たしかにこの三つの物語には、変化する時代に戸惑いながら、必死に生きようとする人々の姿が活写されている。それはいつの時代にも共通する人の姿でもあるだろう。時代小説はあまり、と敬遠しがちな方にもお薦めしたい。

あわせて読みたい
『白樫の樹の下で』
青山 文平
(文春文庫)
松本清張賞を受賞した、作者の時代小説第一作。剣の腕には定評があるが、出仕がかなわず武家であることに不安を持つ男が主人公。稽古に励む仲間との友情、幼なじみとの恋が描かれるほか、連続辻斬り事件の真相を追うミステリ的要素もある。読み応えあり。


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