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レビュー

大切なのは「別れた」ことではなく、「出会えた」ということ——古市憲寿『アスク・ミー・ホワイ』(マガジンハウス)【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!

古市憲寿『アスク・ミー・ホワイ』(マガジンハウス)

評者:吉田大助



 ハリウッドの脚本家ブレイク・スナイダーによれば、映画の(ひいては物語の)ジャンルは一〇種類に分けられる。その中に、ラブストーリーは入っていない。それは、「バディとの友情」というジャンルに吸収される。著者は当該ジャンルが〈映画の発明とともに生まれた〉〈映画が誕生するまでは、このジャンルは一人前ではなかった〉と指摘したうえで、秘めたる特性をこう記す。

実は《バディとの友情》といっても、バディの仮面をはがせばラブストーリーだということだ。逆に言えば、ラブストーリーとはセックスの可能性がプラスされた《バディとの友情》映画だということだ。菊池淳子訳『SAVE THE CATの法則』

 気鋭の社会学者で、芥川賞に二度ノミネートされた小説家でもある古市憲寿の最新長編『アスク・ミー・ホワイ』は、まさに「セックスの可能性がプラスされた《バディとの友情》」の物語だ。

 小説は、「僕」が「君」を失ってしまった――〈彼が遠く離れてしまった〉――現在時制から、過去を回想するかたちで起動する。

 二〇代後半の日本人青年・ヤマトは三年前、恋人のサクラに誘われてオランダの首都アムステルダムへ移住してきた。恋人に捨てられた後も、さしたる理由もないままこの街の日本料理店で働き、シェアハウスの狭い一室で鬱屈した日々を過ごす。そんな二月のある日、街で偶然出会ったのが、日本でかつて国民的人気を誇りながら、薬物疑惑絡みのスキャンダルで芸能界を突然引退した「港くん」だった。最初の頃は「芸能人」と会って喋っている、というミーハー心がくすぐられていたが、港くんの自由さと逆境でも燻らないレジリエンスに、ヤマトは居心地の良さを抱いていく。強い港くんがごく稀に見せる弱さを見て、もっと近づきたい、と思うようになっていく。

 外国での生活を追体験する異郷小説、ヨーロッパの様々な風景を旅する観光小説としても楽しめる本作は、ヤマトと港くんとの距離をミリ単位で測定し記録する。だが、港くんはゲイで、ヤマトは異性愛者だ。親友にはなれても、恋人にはなれない。そう自分に言い聞かせ続けるヤマトの心は、果たしていついかなる形で決壊するか。そして、冒頭に刻印された別れはいつ訪れるのか。

 冒頭が主人公の回想で、タイトルはビートルズの楽曲名で、主たるモチーフは運命の(失)恋。本作のことを、つい「令和の『ノルウェイの森』」と言ってしまいたくなる。では、村上春樹が一九八七年に発表したその小説と『アスク・ミー・ホワイ』は、何が違って何が同じなのか。ひとつ間違いなく言えることは、村上の小説に満たされているのは「死」であり、古市の小説は「生」であるということだ。たとえこの世界は不条理でままならなくても、生きていく。たとえ人生で二度は手に入れられないような強い絆──友情であり恋愛でもある──を失ったとしても、「別れた」ことではなく「出会えた」ことに目を向けて、生きる。この物語は、そう記す。

 優れたフィクションは、産み落とされた時代の空気を単に反映するだけでなく、時代の空気をより清々しくバランスの取れた方向へと調整する力がある。新型コロナウイルスとともに世界中に死と絶望の空気が蔓延した、この時代だからこそ産み落とされた、美しくも力強い小説だった。

あわせて読みたい

村上春樹『ノルウェイの森』(講談社文庫)


37歳のワタナベは、ハンブルク空港に着陸した飛行機から流れ出したビートルズの「ノルウェイの森」をきっかけに、記憶のフラッシュバックを引き起こす。学生運動が盛んだった一九六〇年代の終わり、「僕」は直子と緑という二人の少女と出会った――。作家自身が考案した単行本初版のオビのキャッチコピーは、「100パーセントの恋愛小説」。


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