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徹底した季語深耕の魅力 『季語を知る』

 いま俳句が面白い。俳句を楽しむテレビ番組も増えた。そうした中で今まであまり親しみのなかった「季語」という言葉を耳にすることも多くなった。いったい「季語とは何?」と首をかしげる人もいる。いや、肝腎のプロの俳人でも本当に季語の本質を知っている人は、実は少ない。そういう人のために季語・歳時記のあるべき姿を伝える書が出た。書名もずばり『季語を知る』(角川選書)。著者は現在の俳句界で実力、人気ともにトップクラスの片山かたやま由美子ゆみこ氏。文字通り現代俳句界の第一線で活躍する俳人による「季語深耕の書」なのである。
「季語は意味ではなく言葉である。それも詩の言葉」と著者はいう。たった一つの季語であっても近世から近代を経て現在に至る変遷と伝統をその言葉は抱えている。中には『万葉集』など和歌の流れをくむものもある。季語を集めた歳時記もそう。だから、

歳時記の矛盾や季節のずれを指摘しようとすればいくらでもできるが、合理性が最優先される世界ではない。(略)むしろ文学上の共通の時間を持つために歳時記があると思えばよい

と本書の中で語っている。しばしば指摘される季語や歳時記と、時代や社会情勢あるいは地域の関係との誤差について、「季語は文学上の言葉であり、詩語である」との考えは、長年、季語・歳時記研究を徹底して続けてきた俳人にこそいえることだ。
 結論めいたことを先に紹介したが、個々の実例を集めた「春」「夏」「秋」「冬」「新年」に分けた章立てが実にわかりやすく、面白い。「えっ、そうだったの!」「もっとも!」と思わせることしばしば。
 たとえば「花と桜」。『万葉集』で花といえば梅、『古今和歌集』以降に桜になったというのはよく知られている。だが、歳時記での「花」と「桜」は違う。「桜」はもちろん「朝桜」「夕桜」など植物の桜そのもの。だが「花」は、いわゆる傍題だが「花の露」「花の輪」「花笠」など桜に限定されないものや、観念や情緒を示す言葉まである。一概に全てが「花」=「桜」とはいえないという指摘。
 次に「虹」と「夕焼」に共通点があるというのも面白い。どちらも四季を通じて見られるのだが、季語では「夏」。他の場合は「春の虹」「春夕焼」など季節を入れなければならない。「虹」が最も美しいのは夏。「夕焼」も夏以外では、「寒夕焼」「冬夕焼」などと使われる。もっとも「虹」も「夕焼」も近代になって季語として使われ始めたもの。江戸期の例は少ないことを教えられる。歳時記の季語には近代に季語になったものがことのほか多い。「秋高し」「釣瓶つるべ落し」などは昭和以後のことだ。
 それでは歴史ある季語は——。
 
 踏青や古き石階あるばかり
             高浜たかはま虚子きょし

 みづうみのふくらむひかり青き踏む
            鍵和田かぎわだ秞子ゆうこ

 
「踏青」あるいは「青き踏む」は春の季語。春の野山の青草を踏んで野遊びや宴をする折に使われるのだが、もともとは中国は唐代に始まった風習によっているという。白楽天はくらくてんの「春来」という詩にもその風習が詠まれている。「青き踏む」はいかにも和語的な雰囲気があるが、中国の風習や本意を考えれば歳時記の項目は「青踏」が好ましいと片山氏は述べる。
 ここに挙げたのは、ごく一例に過ぎない。肝腎の歳時記の詳細な歴史の叙述には驚かされるばかり。季語や歳時記は決して現代の産物ではなく、長い歴史と雄大な季節感の中で育まれてきたものだと再認識させられる。
 俳句を始めようとする人も、俳句に親しんでいる人も、その伝統を知りつつ、著者が強調するように、季語はあくまで「文学としての詩語」であり、また「想像力を働かせる言葉」という意識を持ちたいもの。雑誌「俳句」の連載に新たにエッセイなどを加筆した俳句ファン必読の力作だ。


ご購入&試し読みはこちら▶片山 由美子『季語を知る』


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