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レビュー

強烈な二つ名の背後にある実像 『雨にも負けず 小説ITベンチャー』

 北野きたの譲治じょうじ。一九六二年生まれ。現在、イーパーセル株式会社の社長・CEOを務める実在の人物である。彼が、この『雨にも負けず 小説ITベンチャー』の主人公だ。〝Googleを訴えた日本人〟とか〝Googleに勝った男〟という強烈無比な二つ名が先行しがちな北野だが、決してそれだけの男ではない。むしろ、それは彼の指し手の一つに過ぎない。本書はそれをよく理解させてくれる。
 高杉良は、冒頭でまず、二〇一四年当時の既に成功を収めたイーパーセルと北野の概略を紹介し、読者に予備知識を与えたうえで、一九八五年の大晦日の模様から始まる第一章に入っていく。そこで描かれるのは、早稲田大学理工学部に在籍していた当時のアルバイトの模様や、卒業後の三年間の働きなどだ。そう、社会人になる前の段階から、つまりはGoogleに闘いを挑む何十年も前の姿から、著者は物語を始めているのである。
 第一章で印象深いのは、著者が、北野のものの考え方や、それが形成されていく様子をきっちりと描いている点である。冒頭に記したキャッチーな経歴に急ぐのではなく、彼を成功へと導く本質から説き起こしていくのだ。それはつまるところ人との出会いであり(本書の題名にまつわるエピソードもここで語られる)、その出会いをさらに育む誠実さだったりするのだが、特に、起業を目指す北野に多大な影響を与えたのは、学生時代に四年間続けた六本木の夜の花屋のアルバイトであった。北野は、その花屋のあるじである十一歳年上の池内いけうち潤二じゅんじから、稼ぐということの奥深さについて、しっかりとした教えを得たのだ。さらに北野は池内の縁で大東京火災海上保険の三年有期の契約社員として社会人生活をスタートさせ、出来高払いであるが故に同社の社長並みの稼ぎを得るようになった。そしてその過程で、多くの人の知遇も得ていった。それらの起点が、花屋だったのである。
 高杉良は後続の章において、北野のそんな契約社員生活や、さらには、独立して保険代理店を起こし、その会社を育てていく様子を丹念に綴っていく。イーパーセルに繋がるトピックスはなかなか顔を出さないが、彼ならではの働き方や頭の使い方を読むのが愉しくて、次々と頁をめくってしまう。そしてようやく本書がイーパーセルに向けて動き始めるのは、全体の三割あまりが終わってからのことであり、実際に北野がその仕事を始めるのは、実に本書が五割程進んでからだ。Googleとの闘いに至ってはもっと先である。
 では高杉良はどこに着目して作品を構成したかといえば、それはやはり人間関係である。もちろんイーパーセルの技術が優秀かつ独自だったからこそGoogleとの闘いにも勝ったわけだが、著者はテクノロジーには必要以上に踏み込まない。高杉良は、己のアイディアを米国で巧みに完成品に仕上げた創業CEO財津ざいつの豪腕と傲慢を語り、さらには、財津と北野の出会いからの様々な変化や葛藤に筆を費やしているのである。実に普遍的な人と人との物語なのだ。そしてそうであるが故に、北野とGoogleの闘いが、決して窮地での大博打ではなく、ビジネス上の一手として指されたこともよく理解できるのである。企業の沿革を眺めるだけでは読み解けない物語が、『雨にも負けず』には、確かに備わっているのだ。
 一九七五年のデビュー以降、企業小説や経済小説を書き続けている高杉良だが、昨年末には、石川島播磨はりま重工業からシステム部門が一九八一年に独立する姿を描いた実名小説『大脱走スピンアウト』(一九八六年刊)を『起業闘争』と改題して刊行した。同書と本書により、ITでの起業の新旧を、社会情勢やIT環境の激変を間にはさんで、同じ著者の筆で読み比べることができるのである。二つの起業の相違は顕著だが、一方で、経営者やリーダーに求められる振る舞いの共通点も見えてくる(本書には強烈な反面教師もいる)。『雨にも負けず』はもちろん、『起業闘争』も是非お読み戴きたい。



書誌情報>>『雨にも負けず 小説ITベンチャー』
☆試し読み>>【新連載試し読み】高杉良『雨にも負けず』


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