【カドブンレビュー】
「今も昔も、人事で頭を悩まされることは本当に変わっていないな」というのが、読後まっさきにとしみじみと感じたことだ。学生のとき教科書で読んだだけの松平定信を、非常に人間らしく身近に感じることができるようになった。
トップが変われば方針が変わり、合わせて人の配置やルールも変わる。
本書では、老中に賄賂が横行した田沼意次時代から緊縮財政を行った松平定信時代への大変革を、人事側面から解き明かしていく。
老中の話だけではなく、若年寄や町奉行など、重要な役職者の変遷とその影響などが記されており、大変革の空気に触れられるものになっている。また、歴史的事実を書き連ねるのではなく、役人や町人などの発言をまとめた『よしの冊子』という文献をもとにまとめたもので、随所に引用もあるので、当時の様子をありありと知ることができる。
ストーリーが非常に印象的だった1人に触れておきたい。
それは柳生久通という人物だ。町奉行という江戸の行政、司法を担当する重役に任命されるが、細かすぎる性格からうまく仕事をさばけず、町人からの評価も散々なものだった。ところが上司である松平定信は、その評価を聞きつけ、そんなに細かいのであれば勘定奉行(今でいう財務大臣のような役割)を任せてみてはどうかと提案したのである。
私は読みながら、「これは素晴らしい人事異動だ」と感嘆した。町人の評価の悪い部分だけに注目するのではなく、本人の特性を見極め、その人にあったポジションを用意する。まさに良い上司の働き方ではないか! やがて柳生は勘定奉行として能力を発揮できたおかげで信頼を得られ、30年近く勤めることになるのだ。これは良い配置転換だったと思う。
適材適所といえば簡単なものだが、その人がどこに適しているのかを見極めるのは非常に難しい。また、良くない噂の方が良い噂よりも聞こえてくるのは世の常だろう。そんな中、柳生の特性を判断し、良い方向に結びつけた松平定信は、武士の人事を全うしていたと思った。
本書は、仕事の任せ方や仕事に適した人選についての事例集という側面もあると感じた。部下の配置やどのような仕事を任せるべきか悩んでいる人におすすめの一冊だ。
>>山本博文『武士の人事』