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レビュー

マネ、西洋絵画を変えた画家 『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』

 パリのオルセー美術館は、フランス近代絵画の傑作を展示する大美術館で、ルーヴルと並んで訪れる人の数も多い。観光客のお目当ては三階展示室の印象派の作品なのだが、広大な一階展示室を素通りするのは実に惜しいと思う。
 本当は、そこに並ぶアカデミズム絵画、クールベ、マネなどの作品を見ずして、印象派が出現した歴史的なリアリティを体感することはできない。とりわけ、印象派と親交のあった一世代前のエドゥアール・マネの絵は、初期印象派に決定的な影響を及ぼしており、マネを知らずしてモネやセザンヌを十分に理解できず、とも言える。
 ところが、日本ではマネはさほど知られていないし、作品がよく受容されているとも言えない。むろん、それには理由があり、日本では代表作を見るのが容易ではない、というのがそのひとつ。では、オルセー美術館でマネの傑作を前にすればわかるのかと言えば、そう単純ではないというあたりが、確かにマネ理解を阻んでいる。観ただけで簡単にわかるというタイプの作品ではないのだ。
 とはいえ、マネの絵の表面的な魅力は大変わかりやすい。例えば、《笛吹き》に見られる色面対比の鮮烈な効果であるとか、静物画に見られる筆触の名人芸とかを目にすれば、大胆で切れ味鋭い妙技をたっぷり味わうことができる。
 ただし、《草上の昼食》や《オランピア》(以上、オルセー美術館)、《フォリー=ベルジェールのバー》(コートールド美術研究所)といった代表作は、単なる表層の魅力を超えた衝撃力、一筋縄ではいかない複雑な内容を備えた、西洋美術史に確かな足跡を残す作品である。このような絵の内実を深く理解するためには、マネの特異性、西洋絵画史における位置づけを把握することが必須となる。
 端的に言えば、そのために書いたのが、本書『エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命』にほかならない。
 
 マネは十九世紀後半のパリに生きた画家で、いち早く、近代都市の情景を、平面性を強調する新しい様式で描いた。しかし、その革新性の本質は、絵画という視覚メディアの在り方を根底から変貌させた点にこそあった。
 まず、現代性を追求したマネほど、絵画の伝統を貪欲に吸収した画家も珍しい。イタリアやスペインをはじめヨーロッパの多様な絵画流派を踏破し、必要なものを摂取した上で、それらを十九世紀パリの現代生活を表すために援用したのだ。過飽和状態のイメージの環境を踏まえて、過去の構図や形態を自由自在に引用するさまは、第一部「過去からマネへ」において詳しく検証した。
 続く第二部「マネと〈現在〉」では、マネとパリの濃密な地理的関係を押さえつつ、マネが描いた主題と、既存のイメージを再活用する手法を確認し、そうした斬新な作品をサロン(官展)に展示するその戦略を探った。近代都市の現実を冷静に見据えながら新しい絵画を提示する、散策者=表現者の横顔が浮かび上がってくればと思う。
 そして、マネが興味深いのは、後世の画家たちに与えたインパクトの大きさにも依る。ドガやモネはもとより、セザンヌやゴーガン、二十世紀のピカソに至るまで、マネの作品はさまざまな刺激を波及させ、マネの問題作を意識し、踏まえた作品を多数生み出させた。そのポテンシャルは現代アートの世界でも失われず、写真を用いた造形作家に顕著に表れている。
 マネは未来にもつながる。なぜなら、マネは主題やテーマにおいても、造形性や技法においても、絵を描く自由を過激な形で行使したからだ。既成のイメージを組み合わせ、再構成して、新しいイメージを作り出すその手法は、二十一世紀のクリエーターたちにも通底してしまったのである。
 このように、マネは近代において西洋絵画史のパラダイム転換を果たした最重要画家と見なすことができる。その美的革命の内実を詳しく知りたい方は、本書をぜひ手にとっていただきたい。


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