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レビュー

シリーズの恐るべきスケールが明らかに!? “生身の人間”としての清盛・義経・弁慶を描いた『火の鳥8』


「乱世編」は、1172年の京都から、89年の奥州・平泉での源義経の死までを描く歴史絵巻である。主役は木こりの青年・弁太べんたとその恋人のおぶう。ふたりの数奇な運命と悲劇を描くのが物語の縦糸だ。
 都にまきを売りに行った弁太が拾ったくしは平家に対する謀反を企てた藤原成親なりちかの持ち物。これがふたりを時代の渦の中に投げ込む。おぶうは謀反人をかくまった罪で都に引き立てられる。好色な平宗盛むねもりの目にとまり命は救われたが、宗盛の妻は彼女を自分のめいとして平清盛に引き合わせる。一方、おぶうを追って都に向かった弁太は牛若うしわかという少年と出会い、彼女を探すために彼の家来になる。恋人たちは平家と源氏に引き裂かれてしまうのだ。
 この作品に描かれている世界は私たちがよく知っている『平家物語』や『源平盛衰記』とは大きく異なっている。
 清盛は絶対の権力者ではなく、権力を握ったことによって多くの苦しみを抱える弱い老人だ。一代で事業を成功させた経営者と同じように後継者問題に悩み、なによりも死を恐れている。一方の義経は氏素性はいいものの、ただのチンピラだ。自分勝手で残忍で、兄の頼朝が持て余すのも納得できるダメ人間だ。
 過去に手塚が平安末期を舞台に描いたマンガには1954年の『はりきり弁慶』がある。執筆当時の手塚は、武蔵坊むさしぼう弁慶については、黒澤明の映画『虎の尾を踏む男達』の中で大河内おうこうち傳次郎でんじろうが演じた弁慶くらいしか知らなかった、という。
『はりきり弁慶』は、歌舞伎の『勧進帳』や能の『船弁慶』などを取り入れてまとめられているが、構想を練る途中で手塚が知ったのは、弁慶が後世つくられた架空の人物だったこと。そして、実在しない人物ならどんなに自由に料理してもいい、と安心して新しい弁慶像を組み立てたのだ。余談になるが、この作品の中でも源頼朝を演じたのは、本作と同じレッド公だった。
「乱世編」で手塚は、武蔵坊弁慶という架空の英雄が生まれた真相を描こうとした。そしてモデルのひとりとして弁太という若者を生み出した。作中では僧・明雲みょううんが書きかけの小説の内容を語る場面がある。明雲は、都で出会った弁太をモデルに描いた武蔵坊弁慶という比叡山の荒法師を登場させ、おしまいに平家が滅ぶと語る。
 武蔵坊弁慶はこうした一種の地下出版から生まれたキャラクターなのだろう。
 ただし、明雲の言葉からもわかるように、弁太は弁慶そのものではない。弁慶は明雲の創作上の人物で、弁太は生身の人間だからだ。
 さらに、清盛や義経たちの実像も『平家物語』や『源平盛衰記』に描かれたものとはかけ離れたものではなかったか、と考えた手塚は空想を広げて、これまでにない清盛像、義経像を生んだのだ。
 手塚は弁太同様に生身の清盛を、義経を、弁慶を描いたのだ。生身の彼らは生きているうちに火の鳥と出会うことはない。清盛は幻の鳥を追うが、手に入れたと思ったら孔雀くじゃくだった。見果てぬ夢を追うのも人間の宿命だ。
 だが、火の鳥はしっかり姿を見せていた。400年もの時を生きながらえた我王がおうとして……。つまり、彼もまた火の鳥の一部または化身なのだ。それは我王の臨終シーンに表れている。このことを理解したとき、『火の鳥』の恐るべきスケールが明らかになるはずだ。

>>手塚治虫『火の鳥8 乱世編(下)』


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