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レビュー

ストライクゾーンを狙った剛速球の如き、正統派の捜査小説

 まだ見ぬ犯罪者を追い詰めて逮捕する。容疑者を逃さずに証拠を固めて立件する。
 刑事と検察、立場は違うがそれぞれ正義のために努力する者たちの闘いを、正攻法で描いた小説が登場した。久間十義『笑う執行人女検事・秋月さやか』である。
 一部上場企業の建設会社・新共和建設が北海道函館市の港湾浚渫工事に際して行った入札で談合の事実が発覚した。便宜を図ってもらった見返りとして新共和は河島通夫代議士に五億円の献金を行ったという。東京地検特捜部はこれを不正献金と見なし、立件を目指す。法の守護者としての威信が揺らぎつつある特捜部にとって面目一新につながる絶好の案件だ。
 だが、一つだけ問題があった。河島代議士は与党の有力者ではあったが、献金を受けた当時は国土交通大臣の地位にはなく、新共和に便宜を図ることができたとは言い難かったのだ。札幌地検から季節外れの異動で特捜部にやって来た秋月さやかは、成果を焦るあまりに特捜部が拙速の過ちを犯しつつあるのではないかと危惧を覚える。
 同じころ、都内では別の重大な刑事事件が発生していた。六本木のクラブで男が撲殺されたのだ。クラブのVIPルームに堂々と乗り込んできた犯人は、覆面レスラーを思わせるようなマスクを被っていた。ハロウィンのカボチャよろしく、呵々大笑の形で口がぱっくりと割れたデザインのマスクだ。棍棒で被害者を仕留めた後で犯人は、鋭利な刃物でその鼻を削ぎ落としていた。まるでそれが、楽しい冗談の種であるかのように。
 六本木署刑事課の本多俊介巡査部長と警視庁捜査一課の神代善治巡査長、そして科学警察研究所の医務技官・白鳥奈津子というトリオが捜査のために動き始める。白鳥は犯人の行動からその人物像を推理するプロファイリングを勉強中であった。彼女は鼻削ぎという猟奇的行為に着目し、過去の事例を遡っていく。
 明滅する灯を持って夜道を行くような捜査小説である。漆黒の闇に覆い隠されたものが、捜査陣が照射した光によって一瞬浮かびあがり、その醜い様相を露わにする。暴対法改正によって日本の組織暴力団は力を失い、新興勢力の台頭を許した。東京の繁華街には半グレと呼ばれる連中が跋扈しているのだ。そうした集団の中には在日外国人に対する反感を隠そうとせず人種差別的なデモを行う者がいる。彼らがそうした行動に出る背景には貧困のハンデを撥ね返せないことに対する怒りがあるが、仮想敵と見なされる在日の若者も不利な条件を背負って生きているという点では何も変わらない——というように、久間は数珠つなぎのような形でこの国の各処に現れている矛盾を描いていく。奇怪な殺人者は、そうした状況を寄せ集めた果てに生じた歪み、澱みの陰に身を隠しているのである。
 新共和建設の疑獄事件のパートでは、この国を動かしている者たちへの不信感が具体的な形をとって描かれていく。社会の底辺に光を当てたカボチャ仮面のパートとは対照的に、輝かしい地位にある者たちの影が取り沙汰されていくのだ。このようにして二つの捜査は進んでいく。まったく別の物語のように見えた二本の線が、いつ、どこで交わるのか。その点に読者は惹きつけられるのだが、交点が見えてきた後でも物語の意外性は損なわれることなく、結末まで緊張感は維持されたままなのだ。
『笑う執行人 女検事・秋月さやか』は、作者の二年ぶりの長篇である。最近の久間は医療小説の著書が続いていたが、一九九八年の『刑事たちの夏』や続篇の『刑事たちの聖戦』、力作『ダブルフェイス』といった警察小説の系譜も久間の作品にはある。本書はそれに連なるものであり、ストライクゾーンの真ん中を狙った剛速球の如き正統派の捜査小説だ。物語は疾走し続け、寸時も停滞するところがない。お時間があれば、一気に読むことをお勧めしたい。


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